「The 9th Wave」 松田聖子
「The 9th Wave」 (1985 CBSソニー)
松田聖子:vocal

1.「Vacancy」 詞:銀色夏生 曲:原田真二 編:大村雅朗
2.「夏のジュエリー」 詞:吉田美奈子 曲・編:大村雅朗
3.「ボーイの季節」 詞・曲:尾崎亜美 編:大村雅朗
4.「両手のなかの海」 詞・曲:矢野顕子 編:大村雅朗
5.「す・ず・し・い・あ・な・た」 詞:銀色夏生 曲:甲斐祥弘 編:大村雅朗
6.「星空のストーリー」 詞:来生えつこ 曲:原田真二 編:大村雅朗
7.「さざなみウェディングロード」 詞:来生えつこ 曲:杉真理 編:大村雅朗
8.「天使のウインク」 詞・曲:尾崎亜美 編:大村雅朗
9.「ティーン・エイジ」 詞:吉田美奈子 曲:大貫妙子 編:大村雅朗
10.「夏の幻影」 詞・曲:尾崎亜美 編:大村雅朗
<support musician>
松原正樹:electric guitar
吉川忠英:fretless guitar
高水健司:electric bass・synth bass
富倉安生:electric bass
美久月千晴:electric bass
島村英二:drums
大村雅朗:keyboards
富樫春生:keyboards
斎藤ノブ:latin percussion
ペッカー:latin percussion
加藤グループ:strings
衛藤幸雄:flute
Jake H.Concepcion:alto sax・tenor sax
尾崎亜美:chorus
木戸泰弘:chorus
浦田恵司:synthesizer programming
松武秀樹:synthesizer programming
produced by 若松宗雄
sound produced by 大村雅朗
mixing engineered by 内沼映二
recording engineered by 鈴木智雄・芳川勇人・天野貴之・関根辰夫
● デジタル期の大村雅朗がやり過ぎ感満点のサウンドメイクでミドル80’sを彩ったアイドル女王夏の名盤
1985年の松田聖子は公私ともに転機の年でした。プライベートでは年初に郷ひろみと破局したものの、舌の根が乾かぬうちに4月に神田正輝との婚約、6月に結婚に至ります。こうした激動の上半期の中で神田との共演映画「カリブ・愛のシンフォニー」の撮影を敢行、音楽活動としては1月にシングル「天使のウインク」がリリースされますが、ここで大きな変化に気づくはずです。「白いパラソル」から14曲連続で作詞を担当し大ヒットを連発してきた松本隆の名前が消え、尾崎亜美作詞作曲という新機軸を見せたのがこの「天使のウインク」というわけですが、その変化は作詞だけではありません。大胆なエレクトロ処理がされたドラム&ベースによるマシナリーなトラックはこれまでの聖子楽曲にはなかったものでした。しかしこの傾向は聖子楽曲に欠かせないアレンジャー大村雅朗の当時のアレンジ楽曲、吉川晃司や大沢誉志幸らの先鋭的なサウンドの肌触りから考えると、全く不思議ではなかったのです。そして5月の先行シングル「ボーイの季節」を経てリリースされたのが、独身最後の11thアルバムである本作というわけです。
さて、このアルバムは完全に松本隆が排除されて、作詞家は前述の尾崎亜美に加え、吉田美奈子、銀色夏生、来生えつ子、矢野顕子と全員女性の徹底ぶりですが、加えてアレンジャーが全曲大村雅朗が手掛け、本作ではサウンドプロデューサーとしての役割を担っています。松田聖子といえば大村アレンジという印象が強いものの、アルバム全体をプロデュースというのは本作が初めて。そして相棒の松本隆もいないということで非常に気合の入ったサウンドメイクが施されています。しかも時代はミドル80's、デジタル機材が日進月歩の時代ということで、全体的に過激なエレクトリックに処理されているチャレンジングなサウンドデザインに仕上げられています。まるで吉川晃司で培ったエレクトロリズムの手法をそのまま応用したかのような過剰なデジタルアレンジへの移行は賛否両論あったのではと思われます。しかしながら「両手のなかの海」の爆音スネア、「す・ず・し・い・あ・な・た」のオケヒット連打、「星空のストーリー」の尖りまくったベースラインなど、聖子楽曲ではあり得ないサウンド処理の数々は、大村雅朗という稀代のアレンジャーが初めてサウンド面でのイニシアチブを任されたことに対する尋常でない気合の表れであり、当時の最先端かつ先鋭的なサウンドを惜しみなくブチ込んだ清々しさすら感じさせるものです。この時代でしか表現できない音像の名盤をしっかり残してくれた大村雅朗の命日に冥福を祈りつつ、本作を改めて記憶に留めておきたいと思います。
<Favorite Songs>
・「夏のジュエリー」
ピコピコなシーケンスと16音符のシンセベースが心地よいサマーソング。まずメロディが涼やかで大村雅朗のメロディメイカーとしての面目躍如です。そしてこのシンセサイザー感が強く出たキラキラベルの減衰音の長さが美しいです。「天使のウインク」と同じようなシンセベースのフェイドアウトという終わり方も好みです。
・「両手のなかの海」
曲調はどちらかといえばミディアムテンポなのに、この爆音ドラムのおかげでアヴァンギャルドな仕様に。矢野顕子楽曲を意識したのか、最もテクノ志向なサウンドメイクであると思います。それにしてもこのスネア音は音色・音圧ともに最高です。
・「ティーン・エイジ」
不穏なイントロからバシッと決まるドラムのキレで勝負するミディアムチューン。明らかにアレンジで生まれ変わるタイプの楽曲で、エフェクティブなリズム処理がストレンジで興味深いです。ポコポコポコ・・・の微かなディレイも面白い処理です。
<評点>
・サウンド ★★★★ (完全にエレクトロ志向に傾倒した気合の先鋭的サウンド)
・メロディ ★★ (力が入り過ぎたサウンドに隠れて印象が薄くなる)
・リズム ★★★★ (パワフル&ストレンジな多彩なエフェクト処理で飽きさせず)
・曲構成 ★★ (バラードもアップテンポもエレクトロ処理が凄まじい)
・個性 ★★ (結婚直前にして新機軸のデジタルクオリティ)
総合評点: 8点
松田聖子:vocal

1.「Vacancy」 詞:銀色夏生 曲:原田真二 編:大村雅朗
2.「夏のジュエリー」 詞:吉田美奈子 曲・編:大村雅朗
3.「ボーイの季節」 詞・曲:尾崎亜美 編:大村雅朗
4.「両手のなかの海」 詞・曲:矢野顕子 編:大村雅朗
5.「す・ず・し・い・あ・な・た」 詞:銀色夏生 曲:甲斐祥弘 編:大村雅朗
6.「星空のストーリー」 詞:来生えつこ 曲:原田真二 編:大村雅朗
7.「さざなみウェディングロード」 詞:来生えつこ 曲:杉真理 編:大村雅朗
8.「天使のウインク」 詞・曲:尾崎亜美 編:大村雅朗
9.「ティーン・エイジ」 詞:吉田美奈子 曲:大貫妙子 編:大村雅朗
10.「夏の幻影」 詞・曲:尾崎亜美 編:大村雅朗
<support musician>
松原正樹:electric guitar
吉川忠英:fretless guitar
高水健司:electric bass・synth bass
富倉安生:electric bass
美久月千晴:electric bass
島村英二:drums
大村雅朗:keyboards
富樫春生:keyboards
斎藤ノブ:latin percussion
ペッカー:latin percussion
加藤グループ:strings
衛藤幸雄:flute
Jake H.Concepcion:alto sax・tenor sax
尾崎亜美:chorus
木戸泰弘:chorus
浦田恵司:synthesizer programming
松武秀樹:synthesizer programming
produced by 若松宗雄
sound produced by 大村雅朗
mixing engineered by 内沼映二
recording engineered by 鈴木智雄・芳川勇人・天野貴之・関根辰夫
● デジタル期の大村雅朗がやり過ぎ感満点のサウンドメイクでミドル80’sを彩ったアイドル女王夏の名盤
1985年の松田聖子は公私ともに転機の年でした。プライベートでは年初に郷ひろみと破局したものの、舌の根が乾かぬうちに4月に神田正輝との婚約、6月に結婚に至ります。こうした激動の上半期の中で神田との共演映画「カリブ・愛のシンフォニー」の撮影を敢行、音楽活動としては1月にシングル「天使のウインク」がリリースされますが、ここで大きな変化に気づくはずです。「白いパラソル」から14曲連続で作詞を担当し大ヒットを連発してきた松本隆の名前が消え、尾崎亜美作詞作曲という新機軸を見せたのがこの「天使のウインク」というわけですが、その変化は作詞だけではありません。大胆なエレクトロ処理がされたドラム&ベースによるマシナリーなトラックはこれまでの聖子楽曲にはなかったものでした。しかしこの傾向は聖子楽曲に欠かせないアレンジャー大村雅朗の当時のアレンジ楽曲、吉川晃司や大沢誉志幸らの先鋭的なサウンドの肌触りから考えると、全く不思議ではなかったのです。そして5月の先行シングル「ボーイの季節」を経てリリースされたのが、独身最後の11thアルバムである本作というわけです。
さて、このアルバムは完全に松本隆が排除されて、作詞家は前述の尾崎亜美に加え、吉田美奈子、銀色夏生、来生えつ子、矢野顕子と全員女性の徹底ぶりですが、加えてアレンジャーが全曲大村雅朗が手掛け、本作ではサウンドプロデューサーとしての役割を担っています。松田聖子といえば大村アレンジという印象が強いものの、アルバム全体をプロデュースというのは本作が初めて。そして相棒の松本隆もいないということで非常に気合の入ったサウンドメイクが施されています。しかも時代はミドル80's、デジタル機材が日進月歩の時代ということで、全体的に過激なエレクトリックに処理されているチャレンジングなサウンドデザインに仕上げられています。まるで吉川晃司で培ったエレクトロリズムの手法をそのまま応用したかのような過剰なデジタルアレンジへの移行は賛否両論あったのではと思われます。しかしながら「両手のなかの海」の爆音スネア、「す・ず・し・い・あ・な・た」のオケヒット連打、「星空のストーリー」の尖りまくったベースラインなど、聖子楽曲ではあり得ないサウンド処理の数々は、大村雅朗という稀代のアレンジャーが初めてサウンド面でのイニシアチブを任されたことに対する尋常でない気合の表れであり、当時の最先端かつ先鋭的なサウンドを惜しみなくブチ込んだ清々しさすら感じさせるものです。この時代でしか表現できない音像の名盤をしっかり残してくれた大村雅朗の命日に冥福を祈りつつ、本作を改めて記憶に留めておきたいと思います。
<Favorite Songs>
・「夏のジュエリー」
ピコピコなシーケンスと16音符のシンセベースが心地よいサマーソング。まずメロディが涼やかで大村雅朗のメロディメイカーとしての面目躍如です。そしてこのシンセサイザー感が強く出たキラキラベルの減衰音の長さが美しいです。「天使のウインク」と同じようなシンセベースのフェイドアウトという終わり方も好みです。
・「両手のなかの海」
曲調はどちらかといえばミディアムテンポなのに、この爆音ドラムのおかげでアヴァンギャルドな仕様に。矢野顕子楽曲を意識したのか、最もテクノ志向なサウンドメイクであると思います。それにしてもこのスネア音は音色・音圧ともに最高です。
・「ティーン・エイジ」
不穏なイントロからバシッと決まるドラムのキレで勝負するミディアムチューン。明らかにアレンジで生まれ変わるタイプの楽曲で、エフェクティブなリズム処理がストレンジで興味深いです。ポコポコポコ・・・の微かなディレイも面白い処理です。
<評点>
・サウンド ★★★★ (完全にエレクトロ志向に傾倒した気合の先鋭的サウンド)
・メロディ ★★ (力が入り過ぎたサウンドに隠れて印象が薄くなる)
・リズム ★★★★ (パワフル&ストレンジな多彩なエフェクト処理で飽きさせず)
・曲構成 ★★ (バラードもアップテンポもエレクトロ処理が凄まじい)
・個性 ★★ (結婚直前にして新機軸のデジタルクオリティ)
総合評点: 8点
「硬派美学」 羽賀健二
「硬派美学」(1984 東芝EMI)
羽賀健二:vocal

1.「孤独のスプリンター」 詞:吉元由美 曲・編:松下誠
2.「悩殺レッド・ゾーン」 詞:安藤芳彦 曲:芳野藤丸 編:松下誠
3.「とび色の瞳」 詞:山川啓介 曲:大野克夫 編:松下誠
4.「優しくスキャンダル」 詞:吉元由美 曲:濱田金吾 編:松下誠
5.「雨のブルックリン」 詞:松本隆 曲・編:大村雅朗
6.「美女に降参」 詞:松本隆 曲・編:大村雅朗
7.「渚のステイション」 詞:溝口俊哉 曲:加瀬邦彦 編:鷺巣詩郎
8.「シティ・アローン」 詞:吉元由美 曲:濱田金吾 編:山川恵津子
9.「ミスティー」 詞:山川啓介 曲:大野克夫 編:松下誠
10.「Papa so long」 詞:売野雅勇 曲:芹澤廣明 編:鷺巣詩郎
● いいとも青年隊のイメージから脱却して堂々とダンディズムを貫くシティポップ観を見せたデビューアルバム
初代いいとも青年隊のメンバーとしてその名が知られるようになった羽賀健二(現:羽賀研二)は、芸能界デビューがミュージカル「ザ・ファンタスティックス」であったこともあり、いち早く歌手デビューを果たしています。1stシングル「街角ロンリー・レイン」は亀井登志夫作曲・後藤次利編曲で、リリースが1982年、且つこの時期の後藤アレンジですから、当然のように松本明子「♂・♀・KISS」のごとくベースがブリブリ効いているロック歌謡でしたが、当時の男性アイドルにしては流石にミュージカル出自ということもあり歌唱がしっかりしていました。その後2ndシングル「朝陽のセイリング」(Phil Seymour「Precious To Me」のカバー)をリリース後、レコード会社を東芝EMIに移籍し3rdシングル「シェルブールの雨傘」(同名ミュージカルにて主演→なお、1997年のリメイク公演の主演は松岡英明)ではシャンソンに挑戦、持ち前の美声を存分に生かすと、遂に84年、待望の1stアルバムである本作をリリースすることになります。
さて、84年らしくSIMMONSのエレドラが鳴り響くエレポップ歌謡「孤独のスプリンター」で始まるこのアルバムの半数のアレンジを手掛けているのが、当時AB'Sのギタリストとして充実の日々を送っていた松下誠です。AB'S自体がフュージョン的なテクノカルな演奏にエレクトリックな要素を取り入れた先鋭的な音楽性を志向していたためか、本作でも「孤独のスプリンター」や安藤芳彦作詞・芳野藤丸作曲の完全なAB'S楽曲のアイドル歌謡「悩殺レッド・ゾーン」では、刺激的なエレクトリックサウンドを効果的に使用しています。しかし本作の本領はそんなエレポップ要素ではなく、とんでもなく良質なシティポップ楽曲の数々です。シングルカットされた「とび色の瞳」は大野克夫作曲の美メロAORで、前2曲から歌唱法まで変化させてまるで布施明のように歌い上げています。この良質シティポップは、濱田金吾作曲の「優しくスキャンダル」「シティ・アローン」、もう1つの大野克夫楽曲「ミスティー」でも堪能することができますが、松下誠や山川恵津子の渋さ満点のアレンジメントの貢献度もありますが非常に完成度が高く、まるでシティポップの原石を拾い集めているような気分になること請け合いです。通常このようなアイドル歌謡のアルバムにおいては、大村雅朗や鷺巣詩郎のアレンジは先鋭性があって目立ちまくるものですが、本作では彼らのアレンジ曲が埋もれてしまうほど他の楽曲の存在が際立っています。そしてボーカリスト羽賀健二にはビートの効いたアイドル歌謡とシティポップ調の美メロミディアムチューンを見事に声色まで変えて歌い分ける、ボーカリストとしての謎の魅力を備えていて、だからこそ現在の状況がなんとも歯がゆく、もったいないという印象なのです。
<Favorite Songs>
・「とび色の瞳」
アイドル歌謡曲要素が強かった前2曲と打って変わってシティポップなAORに挑戦したシングルカット曲。大野克夫の美しいメロディセンスが炸裂しているとともに、羽賀の歌唱も完全に堂に入ったミュージカル仕様です。松下誠のアレンジもストリングスとバンド演奏のアンサンブルも美しく融合されており、完成度は非常に高いです。
・「シティ・アローン」
シティポップシンガー濱田金吾作曲、山川恵津子アレンジの美メロアーバン歌謡POPS。コクのあるベースラインとコーラスワークが美しいミディアムチューンで、裏ぶれた街角を音像として見事に表現しています。間奏のギターソロで転調する部分がニクいです。
・「ミスティー」
流れるようなストリングスが美しい珠玉のバラードソング。歌詞はなかなか危うげな感じですが、これがアイドルのデビューアルバムかと思わせるほどのアダルティ感に凄みすら感じさせます。そして松下誠アレンジの80年代シティポップの教科書的な完成度の高さにはもはや脱帽するしかありません。
<評点>
・サウンド ★★★★ (ミディアム曲の見事な構成力のサウンドデザインが美しい)
・メロディ ★★★★ (アイドルアルバムらしからぬ美メロの宝石の数々に卒倒)
・リズム ★★★ (フィルインは84年らしいエレドラ全盛期の音色が楽しめる)
・曲構成 ★★★ (半数がミディアムチューンなのに全く飽きがこない)
・個性 ★★★ (見事な歌唱力と異様に優れた楽曲に恵まれた隠れた名盤)
総合評点: 8点
羽賀健二:vocal

1.「孤独のスプリンター」 詞:吉元由美 曲・編:松下誠
2.「悩殺レッド・ゾーン」 詞:安藤芳彦 曲:芳野藤丸 編:松下誠
3.「とび色の瞳」 詞:山川啓介 曲:大野克夫 編:松下誠
4.「優しくスキャンダル」 詞:吉元由美 曲:濱田金吾 編:松下誠
5.「雨のブルックリン」 詞:松本隆 曲・編:大村雅朗
6.「美女に降参」 詞:松本隆 曲・編:大村雅朗
7.「渚のステイション」 詞:溝口俊哉 曲:加瀬邦彦 編:鷺巣詩郎
8.「シティ・アローン」 詞:吉元由美 曲:濱田金吾 編:山川恵津子
9.「ミスティー」 詞:山川啓介 曲:大野克夫 編:松下誠
10.「Papa so long」 詞:売野雅勇 曲:芹澤廣明 編:鷺巣詩郎
● いいとも青年隊のイメージから脱却して堂々とダンディズムを貫くシティポップ観を見せたデビューアルバム
初代いいとも青年隊のメンバーとしてその名が知られるようになった羽賀健二(現:羽賀研二)は、芸能界デビューがミュージカル「ザ・ファンタスティックス」であったこともあり、いち早く歌手デビューを果たしています。1stシングル「街角ロンリー・レイン」は亀井登志夫作曲・後藤次利編曲で、リリースが1982年、且つこの時期の後藤アレンジですから、当然のように松本明子「♂・♀・KISS」のごとくベースがブリブリ効いているロック歌謡でしたが、当時の男性アイドルにしては流石にミュージカル出自ということもあり歌唱がしっかりしていました。その後2ndシングル「朝陽のセイリング」(Phil Seymour「Precious To Me」のカバー)をリリース後、レコード会社を東芝EMIに移籍し3rdシングル「シェルブールの雨傘」(同名ミュージカルにて主演→なお、1997年のリメイク公演の主演は松岡英明)ではシャンソンに挑戦、持ち前の美声を存分に生かすと、遂に84年、待望の1stアルバムである本作をリリースすることになります。
さて、84年らしくSIMMONSのエレドラが鳴り響くエレポップ歌謡「孤独のスプリンター」で始まるこのアルバムの半数のアレンジを手掛けているのが、当時AB'Sのギタリストとして充実の日々を送っていた松下誠です。AB'S自体がフュージョン的なテクノカルな演奏にエレクトリックな要素を取り入れた先鋭的な音楽性を志向していたためか、本作でも「孤独のスプリンター」や安藤芳彦作詞・芳野藤丸作曲の完全なAB'S楽曲のアイドル歌謡「悩殺レッド・ゾーン」では、刺激的なエレクトリックサウンドを効果的に使用しています。しかし本作の本領はそんなエレポップ要素ではなく、とんでもなく良質なシティポップ楽曲の数々です。シングルカットされた「とび色の瞳」は大野克夫作曲の美メロAORで、前2曲から歌唱法まで変化させてまるで布施明のように歌い上げています。この良質シティポップは、濱田金吾作曲の「優しくスキャンダル」「シティ・アローン」、もう1つの大野克夫楽曲「ミスティー」でも堪能することができますが、松下誠や山川恵津子の渋さ満点のアレンジメントの貢献度もありますが非常に完成度が高く、まるでシティポップの原石を拾い集めているような気分になること請け合いです。通常このようなアイドル歌謡のアルバムにおいては、大村雅朗や鷺巣詩郎のアレンジは先鋭性があって目立ちまくるものですが、本作では彼らのアレンジ曲が埋もれてしまうほど他の楽曲の存在が際立っています。そしてボーカリスト羽賀健二にはビートの効いたアイドル歌謡とシティポップ調の美メロミディアムチューンを見事に声色まで変えて歌い分ける、ボーカリストとしての謎の魅力を備えていて、だからこそ現在の状況がなんとも歯がゆく、もったいないという印象なのです。
<Favorite Songs>
・「とび色の瞳」
アイドル歌謡曲要素が強かった前2曲と打って変わってシティポップなAORに挑戦したシングルカット曲。大野克夫の美しいメロディセンスが炸裂しているとともに、羽賀の歌唱も完全に堂に入ったミュージカル仕様です。松下誠のアレンジもストリングスとバンド演奏のアンサンブルも美しく融合されており、完成度は非常に高いです。
・「シティ・アローン」
シティポップシンガー濱田金吾作曲、山川恵津子アレンジの美メロアーバン歌謡POPS。コクのあるベースラインとコーラスワークが美しいミディアムチューンで、裏ぶれた街角を音像として見事に表現しています。間奏のギターソロで転調する部分がニクいです。
・「ミスティー」
流れるようなストリングスが美しい珠玉のバラードソング。歌詞はなかなか危うげな感じですが、これがアイドルのデビューアルバムかと思わせるほどのアダルティ感に凄みすら感じさせます。そして松下誠アレンジの80年代シティポップの教科書的な完成度の高さにはもはや脱帽するしかありません。
<評点>
・サウンド ★★★★ (ミディアム曲の見事な構成力のサウンドデザインが美しい)
・メロディ ★★★★ (アイドルアルバムらしからぬ美メロの宝石の数々に卒倒)
・リズム ★★★ (フィルインは84年らしいエレドラ全盛期の音色が楽しめる)
・曲構成 ★★★ (半数がミディアムチューンなのに全く飽きがこない)
・個性 ★★★ (見事な歌唱力と異様に優れた楽曲に恵まれた隠れた名盤)
総合評点: 8点
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