「SATELLITE YOUNG」 Satellite Young
「SATELLITE YOUNG」(2017 Satellite Young)
Satellite Young

<members>
草野絵美:vocal
ベルメゾン関根:all instruments
テレヒデオ:media technologist
1.「サテライトヤングのテーマ」 曲・編:ベルメゾン関根
2.「ジャック同士」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
3.「フェイクメモリー」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
4.「Sniper Rouge (feat. Mitch Murder)」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・Mitch Murder 編:Mitch Murder
5.「Break! Break! Tic! Tac!」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
6.「Geeky Boyfriend」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
7.「Al Threnody」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
8.「Sanfransokyo girl」
詞:大石ゆか 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
9.「Nonai Muchoo (feat. brinq) [Satellite Young Version]」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ユウ フジシマ 編:ユウ フジシマ・ベルメゾン関根
10.「卒業しないで、先輩!」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
11.「Dividual Heart」 詞・曲・編:ベルメゾン関根
12.「Melancholy 2016」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
produced by サテライトヤング
mixing engineered by ベルメゾン関根
mastering engineered by ベルメゾン関根
● ミドル80’sを直撃する独特のサウンド&パフォーマンスで国内外問わず人気急上昇中のエレクトロ歌謡ユニット待望の1stフルアルバム
2010年代に再評価が高まった80年代サウンド。中でもこれまで時代遅れのチープな音と揶揄され続けてきた80年代後半あたりのデジタル歌謡のテイストを忠実に再現したサウンドは、vaporwaveの密かな流行も相まってここ数年で徐々に市民権を得てきた感がありますが、このムーブメントを2010年から底辺で支えながら急先鋒を果たしているグループがSatellite Young(サテライトヤング)です。始まりは2014年初頭に突然配信された1stシングル「ジャック同士」。TwitterのCEO・Jack Dorseyをもじったタイトルのこの楽曲は、古き良き80年代の大映ドラマの主題歌に使用されているようなローファイなデジタルサウンドにわかりやすいキャッチーなメロディが乗った、いわゆる一部の好事家を「狙った」佳曲でしたが、その後同年には「フェイクメモリー」「Break! Break! Tic! Tac!」「Geeky Boyfriend」と立て続けに「あの時代」の空気を存分に再現した楽曲を連続配信(1年に4曲というのも80年代アイドル歌謡のルーティンを想起させます)、この辺りで嗅覚の鋭い80'sテクノ歌謡リバイバルにアンテナを張る好事家達にロックオンされることになります。しかし彼らはその後国内にはとどまらず、海外のsynthwaveシーンとの交流を深め始めると、スウェーデンのジャパニメーションリスペクトのアニメ「Senpai Club」の主題歌「卒業しないで、先輩!」を手がけたり、同国のsynthwave界の大御所・Mitch Murderとの共作「Sniper Rouge」を発表するなど、その存在は海外にも知られることとなり、徐々に国内外にシンパを増やしていくことになります。そして1st配信から3年、これまでリリースされた楽曲にsん曲を加えたセミベストな1stフルアルバムが遂にリリースにいたったというわけです。
グループ名を冠したセルフタイトルということで、これまでの彼らの歩みを記録したという格好の本作ですが、改めてアルバムとして楽曲が並べられたとしても、その一貫したミドル80's〜レイト80'sを再現したデジタルサウンドと現代のネットワーク社会を題材としたタイムリーな歌詞とのバランス感覚によって生み出された世界観が完全に構築された上での本作のリリースであるということがよく理解できます。その過去と未来を行き来するような世界観を生み出しているのがフロントパーソンであり作詞作曲ボーカルと八面六臂の活躍を見せる草野絵美で、90年代生まれながら(特別なメイクを施さなくても)ルックスが80'sなヴィジュアルもさることながら、メロディセンスが80'sアイドル歌謡マナーのセンスに溢れていて、そのあたりは一種の才能と言えるでしょう。そしてサウンド全般を担当するベルメゾン関根はレイト80'sの「あの時代の音」を実に堅実に研究していて、特にエレクトリックスネアドラムの音処理を一聴しただけでも他の80'sリバイバルに10年代エレクトロテイストを融合させた楽曲達との違いが確認できます。ギラギラしてザラザラしたシンセサイザーの処理はミキシングやマスタリングで意図したものかどうかはわかりませんが、そのあたりまで意識してのことであれば、彼のこだわりは半端ではないように思えます(個人的にはせっかくのセンスの良いサウンドメイクなのでプロフェッショナルなエンジニアに任せればなお良くなると考えていますが)。何にしてもこれだけのキャッチーな楽曲を連発できるのは、メロディとサウンド両面での類まれなセンスの賜物でもあると思いますので、草野&関根の楽曲制作コンビは非常に良好な関係を築いているように感じられます。
もちろん彼らはライブパフォーマンスも精力的にこなしておりますが、そこでは少し遅れて加入したテレビを被った覆面パフォーマー、テレ・ヒデオによってより80年代感がプラスされているのが大きく、赤に統一されたスーツ(本作後は青にチームカラーを変身)と共にこの手のグループとしてのコンセプチュアル感が意識されているのも、このプロジェクトの計算高さを感じる部分です。本作はこれまでのユニットの歴史を辿るベストアルバム的な位置付けでしたが、本作後も「Moment in slow motion」のような良質な楽曲を配信しているこのユニットの次作こそが、真のポテンシャルの見せ所ではないでしょうか。是非次作はコンセプチュアルな意欲作を期待したいところです。
<Favorite Songs>
・「ジャック同士」
記念すべき1stシングル。腰の入ったエレドラにキンキンするデジタルシンセのフレージング、そして音数の多さによる過剰な詰め込み感、どれをとっても1986年〜1988年あたりのせわしなさの空気感を楽しめるサウンドメイクです。妙に哀愁の入ったメロディラインのアウトロがお気に入りです。
・「Break! Break! Tic! Tac!」
豪快でプログラマブルなノリを見せるシンセベースと乾いたギターワークがバブリーなハードシンセポップ。Aメロの入り方のセンスが良く、ブレーキの効いたカッティングギターが非常に効いています。間奏のストリングスがループする部分にゴダイゴ「モンキーマジック」を彷彿とさせますが、そうした仕掛けもセンス良く聴かせます。
・「Dividual Heart」
米国のレーベルからリリースされたハードテクノ歌謡。空間を埋め尽くすギラギラシンセにズシンズシンと響かせるエレドラはいつにも増して攻撃的です。他の楽曲とは異なり見せ場となる長尺のシンセソロにもテンションが上がります。サビ前の逆回転リバーブからの「バーンッ!」のアクセントは秀逸です。
<評点>
・サウンド ★★★ (ギラギラでざらつきのあるまさにレイトな80's)
・メロディ ★★ (約束事を忠実に守った安心感のあるフレージング)
・リズム ★★★★ (これぞレイト80'sのズシッとくるスネア処理)
・曲構成 ★ (無意識ながらも寄せ集め感は否めないと感じてしまう)
・個性 ★★ (インパクトのあるキャラクターなだけに今後に期待)
総合評点: 7点
Satellite Young

<members>
草野絵美:vocal
ベルメゾン関根:all instruments
テレヒデオ:media technologist
1.「サテライトヤングのテーマ」 曲・編:ベルメゾン関根
2.「ジャック同士」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
3.「フェイクメモリー」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
4.「Sniper Rouge (feat. Mitch Murder)」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・Mitch Murder 編:Mitch Murder
5.「Break! Break! Tic! Tac!」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
6.「Geeky Boyfriend」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
7.「Al Threnody」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
8.「Sanfransokyo girl」
詞:大石ゆか 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
9.「Nonai Muchoo (feat. brinq) [Satellite Young Version]」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ユウ フジシマ 編:ユウ フジシマ・ベルメゾン関根
10.「卒業しないで、先輩!」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
11.「Dividual Heart」 詞・曲・編:ベルメゾン関根
12.「Melancholy 2016」
詞:草野絵美 曲:草野絵美・ベルメゾン関根 編:ベルメゾン関根
produced by サテライトヤング
mixing engineered by ベルメゾン関根
mastering engineered by ベルメゾン関根
● ミドル80’sを直撃する独特のサウンド&パフォーマンスで国内外問わず人気急上昇中のエレクトロ歌謡ユニット待望の1stフルアルバム
2010年代に再評価が高まった80年代サウンド。中でもこれまで時代遅れのチープな音と揶揄され続けてきた80年代後半あたりのデジタル歌謡のテイストを忠実に再現したサウンドは、vaporwaveの密かな流行も相まってここ数年で徐々に市民権を得てきた感がありますが、このムーブメントを2010年から底辺で支えながら急先鋒を果たしているグループがSatellite Young(サテライトヤング)です。始まりは2014年初頭に突然配信された1stシングル「ジャック同士」。TwitterのCEO・Jack Dorseyをもじったタイトルのこの楽曲は、古き良き80年代の大映ドラマの主題歌に使用されているようなローファイなデジタルサウンドにわかりやすいキャッチーなメロディが乗った、いわゆる一部の好事家を「狙った」佳曲でしたが、その後同年には「フェイクメモリー」「Break! Break! Tic! Tac!」「Geeky Boyfriend」と立て続けに「あの時代」の空気を存分に再現した楽曲を連続配信(1年に4曲というのも80年代アイドル歌謡のルーティンを想起させます)、この辺りで嗅覚の鋭い80'sテクノ歌謡リバイバルにアンテナを張る好事家達にロックオンされることになります。しかし彼らはその後国内にはとどまらず、海外のsynthwaveシーンとの交流を深め始めると、スウェーデンのジャパニメーションリスペクトのアニメ「Senpai Club」の主題歌「卒業しないで、先輩!」を手がけたり、同国のsynthwave界の大御所・Mitch Murderとの共作「Sniper Rouge」を発表するなど、その存在は海外にも知られることとなり、徐々に国内外にシンパを増やしていくことになります。そして1st配信から3年、これまでリリースされた楽曲にsん曲を加えたセミベストな1stフルアルバムが遂にリリースにいたったというわけです。
グループ名を冠したセルフタイトルということで、これまでの彼らの歩みを記録したという格好の本作ですが、改めてアルバムとして楽曲が並べられたとしても、その一貫したミドル80's〜レイト80'sを再現したデジタルサウンドと現代のネットワーク社会を題材としたタイムリーな歌詞とのバランス感覚によって生み出された世界観が完全に構築された上での本作のリリースであるということがよく理解できます。その過去と未来を行き来するような世界観を生み出しているのがフロントパーソンであり作詞作曲ボーカルと八面六臂の活躍を見せる草野絵美で、90年代生まれながら(特別なメイクを施さなくても)ルックスが80'sなヴィジュアルもさることながら、メロディセンスが80'sアイドル歌謡マナーのセンスに溢れていて、そのあたりは一種の才能と言えるでしょう。そしてサウンド全般を担当するベルメゾン関根はレイト80'sの「あの時代の音」を実に堅実に研究していて、特にエレクトリックスネアドラムの音処理を一聴しただけでも他の80'sリバイバルに10年代エレクトロテイストを融合させた楽曲達との違いが確認できます。ギラギラしてザラザラしたシンセサイザーの処理はミキシングやマスタリングで意図したものかどうかはわかりませんが、そのあたりまで意識してのことであれば、彼のこだわりは半端ではないように思えます(個人的にはせっかくのセンスの良いサウンドメイクなのでプロフェッショナルなエンジニアに任せればなお良くなると考えていますが)。何にしてもこれだけのキャッチーな楽曲を連発できるのは、メロディとサウンド両面での類まれなセンスの賜物でもあると思いますので、草野&関根の楽曲制作コンビは非常に良好な関係を築いているように感じられます。
もちろん彼らはライブパフォーマンスも精力的にこなしておりますが、そこでは少し遅れて加入したテレビを被った覆面パフォーマー、テレ・ヒデオによってより80年代感がプラスされているのが大きく、赤に統一されたスーツ(本作後は青にチームカラーを変身)と共にこの手のグループとしてのコンセプチュアル感が意識されているのも、このプロジェクトの計算高さを感じる部分です。本作はこれまでのユニットの歴史を辿るベストアルバム的な位置付けでしたが、本作後も「Moment in slow motion」のような良質な楽曲を配信しているこのユニットの次作こそが、真のポテンシャルの見せ所ではないでしょうか。是非次作はコンセプチュアルな意欲作を期待したいところです。
<Favorite Songs>
・「ジャック同士」
記念すべき1stシングル。腰の入ったエレドラにキンキンするデジタルシンセのフレージング、そして音数の多さによる過剰な詰め込み感、どれをとっても1986年〜1988年あたりのせわしなさの空気感を楽しめるサウンドメイクです。妙に哀愁の入ったメロディラインのアウトロがお気に入りです。
・「Break! Break! Tic! Tac!」
豪快でプログラマブルなノリを見せるシンセベースと乾いたギターワークがバブリーなハードシンセポップ。Aメロの入り方のセンスが良く、ブレーキの効いたカッティングギターが非常に効いています。間奏のストリングスがループする部分にゴダイゴ「モンキーマジック」を彷彿とさせますが、そうした仕掛けもセンス良く聴かせます。
・「Dividual Heart」
米国のレーベルからリリースされたハードテクノ歌謡。空間を埋め尽くすギラギラシンセにズシンズシンと響かせるエレドラはいつにも増して攻撃的です。他の楽曲とは異なり見せ場となる長尺のシンセソロにもテンションが上がります。サビ前の逆回転リバーブからの「バーンッ!」のアクセントは秀逸です。
<評点>
・サウンド ★★★ (ギラギラでざらつきのあるまさにレイトな80's)
・メロディ ★★ (約束事を忠実に守った安心感のあるフレージング)
・リズム ★★★★ (これぞレイト80'sのズシッとくるスネア処理)
・曲構成 ★ (無意識ながらも寄せ集め感は否めないと感じてしまう)
・個性 ★★ (インパクトのあるキャラクターなだけに今後に期待)
総合評点: 7点
「NEO ROMANCER」 世界システム
「NEO ROMANCER」(2014 ポリゴン)
世界システム

<members>
改造:vocal・guitar synthesizer・V-Guitar・vocoder
misopon:bass
The Hatter:percussion pad・synthesizer・chorus
Maki:guitar
kanamu:synthesizer
1.「EVA」 曲:改造 編:世界システム
2.「ネオロマンサー」 詞・曲:改造 編:世界システム
3.「snow」 詞・曲:改造 編:世界システム
4.「overclock」 曲:改造 編:世界システム
5.「only feedback」 詞・曲:改造 編:世界システム
6.「モノクローム」 詞・曲:改造 編:世界システム
7.「scope」 詞・曲:改造 編:世界システム
8.「kythera」 詞・曲:改造 編:世界システム
produced by 改造
engineered by 改造
● 白塗りゴス軍服ニューウェーブ!ヴィジュアライズなコンセプトが光るが音はチープテクノな男女混合バンドの2ndアルバム
2006年にメジャーデビューも果たしたメガネ男子のテクノポップユニット「装置メガネ」の楽曲担当であったおのじゃわ君が07年に脱退した後、残されたサミーちゃんは翌08年にまず相棒に作曲とギターを担当するヒット君を迎え、そのまた翌09年に作編曲を担当するアサP君が加入し、トリオバンドとなります。しかしこのヒット君とアサP君が出会うと、2人は装置メガネとは正反対のダークウェーブ白塗りテクノポップユニットとして「世界システム」を立ち上げます。世界システムではヒット君は「回路」、アサP君は「改造」と名乗り、ベースのmisoponとシンセの斉藤ぴょんこを迎え4人組となりますが、11年に回路と改造が装置メガネを脱退し本格的に世界システムをメインで活動することになってから激動のメンバー交代が始まります。まずいきなり中核を担っていた回路が脱退、以降改造がこのバンドのメインとなります。13年には1stアルバム「BABYLONIA WAVE」をリリースされますが、今度は斉藤が脱退、しかしそれからギターのMaki、Digital Padとシンセ担当としてThe Hatter、そしてシンセの黒マスク女子kanamuが加入して5人組に変身すると、この14年の時点で早くも2ndアルバムが制作されました。それが今回取り上げる「NEO ROMANCER」というわけです。
軍服白塗りエレクトロニューウェーブということで一見コワモテの彼らですが、奏でられるサウンドはモロに耽美的なテクノポップ。低音の効いたシンセサイザーで音場を埋め尽くしながら、女性ギター&ベースの生演奏で肉感的な部分を補強しながら、独自のSF的世界観を構築しています。ボーカルはボコーダーで変調したりと工夫を凝らしていますが、声量の少なさからかサウンドに埋もれがちです。しかしこうしたネガティブな要素も個性のうちと捉えるべきでしょう。そもそも彼らの魅力はこの世界観を表現するヴィジュアルにあります。それは単なる白塗りや軍服などの姿形もさることながら、使用されている楽器も含めてのエレクトロニックな世界観です。この素晴らしいジャケットデザインをご覧下さい。スカウターを光らせる改造の使用するRoland G-707はギターシンセサイザーGR-700のギターコントローラーですがその特殊な形状から現在も80'sニューウェーブの象徴として一部人気が高いものですし、MakiのギターにはフレットにLEDが仕込まれ光る仕掛けとなっています。その他のメンバーもKorg MS-20やAlesis Micronなど楽器を見せつける主張ぶりに、このバンドのテクノなこだわりを感じざるにはいられません。もちろんサウンドからもその主張は感じられますが、なにぶんまだ発展途上の感は否めません。しかしながらそれを補って余りあるヴィジュアル面による世界観の構築ぶりに期待感を感じさせる作品であると言えるでしょう。
ところがこのバンド、この後も非常にメンバーが流動的でして、アルバムリリースを前後してkanamuが脱退し、ちびっ子のコウが加入、スタイリッシュなメンバーの中で異色な存在感を放っていたThe Hatterも16年に脱退すると、世界システムは一旦17年に解散に追い込まれます。しかし翌年には改造が自作のレーザーハープを片手に(そのチャレンジ精神は期待できます)再び世界システムを復活させると、misopon・Makiに加え、新メンバーの潤が加入した4人組に再編成、19年秋に3rdアルバム「mother」をリリース、心機一転活動を活発化させています。
<Favorite Songs>
・「ネオロマンサー」
分厚い白玉パッドでオケを埋め尽くす耽美的ニューウェーブのタイトルチューン。切迫感のあるエレクトリックサウンドにボーカルは完全に埋もれていますが、その分世界観の構築の役割は果たしていると言えます。ビシャッというアタック音も楽しいです。
・「only feedback」
グイグイと攻め込んでくるイントロから始まるこのバンドの肉感的な部分が表出されたテクノロックチューン。Aメロに入る前のメランコリックなフレーズがなかなかインパクトがあります。サビでメジャーに転調する部分はテクノポップぽい展開です。
・「kythera」
ラストナンバーにふさわしいメジャー調の疾走するスペイシーエレクトロポップチューン。キュンキュンするシンセリズムに、高速シンセベースを走らせながらボコーダーで歌い上げます。サビではそこにサイン波のシーケンスも絡ませ息をつかせる暇もありません。
<評点>
・サウンド ★★ (空間を埋め尽くし息が詰まる電子音の壁が特徴的)
・メロディ ★ (淡々と流れていくフレージングには発展の余地あり)
・リズム ★★ (基本リズムボックスだが随所での電子リズムが光る)
・曲構成 ★ (チャレンジ精神が期待できるがまだ発展途上)
・個性 ★★ (インパクトのあるキャラクターなだけに今後に期待)
総合評点: 6点
世界システム

<members>
改造:vocal・guitar synthesizer・V-Guitar・vocoder
misopon:bass
The Hatter:percussion pad・synthesizer・chorus
Maki:guitar
kanamu:synthesizer
1.「EVA」 曲:改造 編:世界システム
2.「ネオロマンサー」 詞・曲:改造 編:世界システム
3.「snow」 詞・曲:改造 編:世界システム
4.「overclock」 曲:改造 編:世界システム
5.「only feedback」 詞・曲:改造 編:世界システム
6.「モノクローム」 詞・曲:改造 編:世界システム
7.「scope」 詞・曲:改造 編:世界システム
8.「kythera」 詞・曲:改造 編:世界システム
produced by 改造
engineered by 改造
● 白塗りゴス軍服ニューウェーブ!ヴィジュアライズなコンセプトが光るが音はチープテクノな男女混合バンドの2ndアルバム
2006年にメジャーデビューも果たしたメガネ男子のテクノポップユニット「装置メガネ」の楽曲担当であったおのじゃわ君が07年に脱退した後、残されたサミーちゃんは翌08年にまず相棒に作曲とギターを担当するヒット君を迎え、そのまた翌09年に作編曲を担当するアサP君が加入し、トリオバンドとなります。しかしこのヒット君とアサP君が出会うと、2人は装置メガネとは正反対のダークウェーブ白塗りテクノポップユニットとして「世界システム」を立ち上げます。世界システムではヒット君は「回路」、アサP君は「改造」と名乗り、ベースのmisoponとシンセの斉藤ぴょんこを迎え4人組となりますが、11年に回路と改造が装置メガネを脱退し本格的に世界システムをメインで活動することになってから激動のメンバー交代が始まります。まずいきなり中核を担っていた回路が脱退、以降改造がこのバンドのメインとなります。13年には1stアルバム「BABYLONIA WAVE」をリリースされますが、今度は斉藤が脱退、しかしそれからギターのMaki、Digital Padとシンセ担当としてThe Hatter、そしてシンセの黒マスク女子kanamuが加入して5人組に変身すると、この14年の時点で早くも2ndアルバムが制作されました。それが今回取り上げる「NEO ROMANCER」というわけです。
軍服白塗りエレクトロニューウェーブということで一見コワモテの彼らですが、奏でられるサウンドはモロに耽美的なテクノポップ。低音の効いたシンセサイザーで音場を埋め尽くしながら、女性ギター&ベースの生演奏で肉感的な部分を補強しながら、独自のSF的世界観を構築しています。ボーカルはボコーダーで変調したりと工夫を凝らしていますが、声量の少なさからかサウンドに埋もれがちです。しかしこうしたネガティブな要素も個性のうちと捉えるべきでしょう。そもそも彼らの魅力はこの世界観を表現するヴィジュアルにあります。それは単なる白塗りや軍服などの姿形もさることながら、使用されている楽器も含めてのエレクトロニックな世界観です。この素晴らしいジャケットデザインをご覧下さい。スカウターを光らせる改造の使用するRoland G-707はギターシンセサイザーGR-700のギターコントローラーですがその特殊な形状から現在も80'sニューウェーブの象徴として一部人気が高いものですし、MakiのギターにはフレットにLEDが仕込まれ光る仕掛けとなっています。その他のメンバーもKorg MS-20やAlesis Micronなど楽器を見せつける主張ぶりに、このバンドのテクノなこだわりを感じざるにはいられません。もちろんサウンドからもその主張は感じられますが、なにぶんまだ発展途上の感は否めません。しかしながらそれを補って余りあるヴィジュアル面による世界観の構築ぶりに期待感を感じさせる作品であると言えるでしょう。
ところがこのバンド、この後も非常にメンバーが流動的でして、アルバムリリースを前後してkanamuが脱退し、ちびっ子のコウが加入、スタイリッシュなメンバーの中で異色な存在感を放っていたThe Hatterも16年に脱退すると、世界システムは一旦17年に解散に追い込まれます。しかし翌年には改造が自作のレーザーハープを片手に(そのチャレンジ精神は期待できます)再び世界システムを復活させると、misopon・Makiに加え、新メンバーの潤が加入した4人組に再編成、19年秋に3rdアルバム「mother」をリリース、心機一転活動を活発化させています。
<Favorite Songs>
・「ネオロマンサー」
分厚い白玉パッドでオケを埋め尽くす耽美的ニューウェーブのタイトルチューン。切迫感のあるエレクトリックサウンドにボーカルは完全に埋もれていますが、その分世界観の構築の役割は果たしていると言えます。ビシャッというアタック音も楽しいです。
・「only feedback」
グイグイと攻め込んでくるイントロから始まるこのバンドの肉感的な部分が表出されたテクノロックチューン。Aメロに入る前のメランコリックなフレーズがなかなかインパクトがあります。サビでメジャーに転調する部分はテクノポップぽい展開です。
・「kythera」
ラストナンバーにふさわしいメジャー調の疾走するスペイシーエレクトロポップチューン。キュンキュンするシンセリズムに、高速シンセベースを走らせながらボコーダーで歌い上げます。サビではそこにサイン波のシーケンスも絡ませ息をつかせる暇もありません。
<評点>
・サウンド ★★ (空間を埋め尽くし息が詰まる電子音の壁が特徴的)
・メロディ ★ (淡々と流れていくフレージングには発展の余地あり)
・リズム ★★ (基本リズムボックスだが随所での電子リズムが光る)
・曲構成 ★ (チャレンジ精神が期待できるがまだ発展途上)
・個性 ★★ (インパクトのあるキャラクターなだけに今後に期待)
総合評点: 6点
【特別先行レビュー】 「HIROFUMI CALENDAR」遠藤裕文
皆様、いつも当ブログをご覧いただきありがとうございます。
TECHNOLOGY POPS π3.14です。
通常当ブログは過去のTECHNOLOGY POPSな名盤を淡々と紹介しているレビューブログですが、今回は1年4ヶ月ぶりの「特別編」です。
今回取り上げます作品は、2011年の震災からの復興に挑み続ける宮城県女川町在住の音楽家であり、90年代後半から次世代テクノポップの旗手として確かな足跡を残した2人組ユニット・スノーモービルズ(略してスノモー)の半身でもある遠藤裕文さんの齢50歳にして初のソロアルバム「HIROFUMI CALENDAR」です。
少し遡ること2017年8月、当ブログのTwitterを相互フォローしていただいていた遠藤さんが突然1曲のデモソングをYouTubeにUPしました。「コモエスタ・ジャポン」と銘打たれたその楽曲は、既にサウンドとメロディにスノモー時代から変わらぬ80'sテクノポップの匂いを感じさせるものでした。そして間髪入れずにUPされたデモ2曲目の「針ノ浜ストラット」の完成度の高さに一気に引き込まれまして、この調子で楽曲が集まってアルバムリリースとなれば素晴らしい作品になるのでは・・という期待感が日に日に増していったのです。そこで、遠藤さんにはツイートついでにちょこちょこ進捗状況をお伺いしたり、突然数ヶ月遠藤さんのツイートが止まったりした時は妙に心配になって生存確認したり(その節は失礼しました!)、そのアルバムの完成を心待ちしていました。そして、本作の完成の暁には、当ブログで是非先行でアルバムレビューをさせてほしいという気持ちと、遠藤さんからも是非お願いしたいというお言葉もいただいておりましたので、2年を経過して遂に実現できるということでなんだか感慨深いものがあります。
そして肝心の完成した本作を聴かせていただいた感想につきましては、これからレビューで語らせていただきますが、正直に申しましてTECHNOLOGY POPSとして想像以上に直球ど真ん中を投げ込んできたといった印象で、ここで語らせていただくのももったいないほどのいわゆる「令和の名盤」と言ってよい完成度の高いアルバムとなっております。
このレビューを読んでいただき、是非遠藤さんの楽曲を80年代から同時代を過ごしてきた方にも、平成生まれの若いリスナーにも、広く聴いていただけますとレビュー冥利に尽きます。
それではどうぞご覧下さい。
「HIROFUMI CALENDAR」(2019 ISHINODA)
遠藤裕文:vocal・guitar・computer programming

1月.「コモエスタ・ミ・アモール」 詞・曲・編:遠藤裕文
2月.「新浪曼主義」 詞・曲・編:遠藤裕文
3月.「針ノ浜ストラット」 詞・曲・編:遠藤裕文
4月.「冷たい桜」 詞・曲・編:遠藤裕文
5月.「シーパルちゃん」 詞・曲・編:遠藤裕文 コーラス編:村上ユカ
6月.「シエスタの丘」 詞・曲・編:遠藤裕文
7月.「蒼と青の向こうへ」 詞・曲・編:遠藤裕文
8月.「夏浜開き」 詞・曲・編:遠藤裕文
9月.「はなさない」 詞・曲・編:遠藤裕文
10月.「貴女はスポイラー」 詞・曲・編:遠藤裕文
11月.「僕はほでなす」 詞・曲・編:遠藤裕文
12月.「冬の花火〜Requiem For The Souls〜」 詞・曲・編:遠藤裕文
<support musician>
村上ユカ:chorus・chorus arrangement
produced by 遠藤裕文
mixing engineered by 杉本健
recording engineered by 遠藤裕文
● 50歳にして初のソロアルバム!カレンダー形式で振り返る情景豊かな胸キュンメロディー満載のリアス式テクノが麗しい全てがシングルクオリティの「令和の名盤」
1994年、YMO関連やSOFT BALLET等を手掛けてきた名エンジニア・寺田康彦が設立したThink Sync Studioに集まった音楽クリエイター集団Think Sync Integralが発足します。1996年にはそこから自主レーベルThink Sync Recordsが設立されましたが、その第1弾アーティストとして1stアルバム「snow mobiles」をリリースしたのが当時全く無名の2人組・スノーモービルズでした。折原信明と遠藤裕文のデュオスタイルのこのグループは、児童文学や民話をモチーフとした独特の文語的言葉遣いの詩にテクノポップ由来のエレクトリックサウンドを乗せた斬新なコンセプトで、唯一無二の世界観を表現した稀有な存在で、そのセンス抜群の歌詞と玄人好みの富田恵一サウンドで兄弟デュオとして同時期にデビューしたキリンジと比較しても、引けを取らないどころか同等以上のオリジナリティを発揮していたユニットでしたが、2ndアルバム「銀の烏と小さな熊」、3rdアルバム「風note」を含めた3枚のフルアルバム(いずれも名盤!)と「晩秋のつむじ風」「風景観察官と夕焼け」のメジャーレーベルからリリースした2枚のマキシシングルを残して、現在は思い出したように突発的にライブを行うのみとなっています。
スノーモービルズのアルバム視聴はこちら
もともと折原が東京、遠藤が盛岡→宮城県女川と拠点を別にした遠距離ユニットであったこともあり、それぞれに本業を持っていることから精力的な活動は難しくなったわけですが、スノモー最後のフルアルバム「風note」をリリースした2001年から現在までの約20年の間、2011年にあの東日本大震災が発生して、女川町在住の遠藤の地元が壊滅的な被害を受けるも、遠藤は被災地情報フリーペーパー「うみねこタイムズ」の編集長として女川町復興活動に駆け回ることになります。そしてスノモーも2011年に復興ソング「夕景の魔法」を発表するなど、あの震災を境にして様々な機運が回り始め、2017年にふとしたきっかけで動画サイトにUPされた遠藤のソロとしてのデモソングが、今回取り上げる「HIROFUMI CALENDAR」リリースの契機となっていくわけです。
さて、そのような経緯を経て構想10年・制作期間2年をかけて遂に完成した青さを基調とする素晴らしいジャケットも美しい本作ですが、動画サイトにUPされていた12曲のデモソングに歌詞が追加し歌入れがなされ、12曲をカレンダー形式で四季折々の女川の情景を巡っていくという強力なコンセプトワークが加わり、スノーモービルズ時代からの戦友でもあるエンジニア・杉本健のミキシング&マスタリングが施された楽曲達は、瞬く間に生まれ変わった印象を受けました。楽曲の根幹を担うのは、遠藤のルーツでもあり、スノモーでもそのエッセンスの注入を期待されていたというYMOに強く影響を受けた80'sテクノポップの香りを濃く感じさせるシンセサイザーサウンドです。特にハードウェアを使用せず、現代的な手法によるDTMレコーディングではありますが、時代の銘機であるKORG PolySixやMono/Poly、Roland Juno60のエミュレーションソフト等の駆使した80's感溢れるフレーズの数々は、日進月歩でシンセサウンドがアップデートされていったあの時代を経験している人間だからこそ生み出すことができる味わい深いものです。本作はこうした自身のルーツを惜しげもなく投入していることもあって、随所であからさまなモチーフとなるサウンドメイクを聴かせる部分もありますが、時代特有の繊細さとダイナミズムを併せ持ったリズムやフレーズの絡み合いを見事に再現しているといった意味では、本作のサウンドデザインは非常に高いクオリティを持っていると言っても過言ではないでしょう。
もう1点、触れなければならないポイントがあります。それは遠藤裕文というアーティストの強力な個性とも言える鋭いメロディセンスです。スノモー時代からも数少ない楽曲ながら「ゆうぐれ薄紫」や「うらら」、「南向き斜面の日時計」「フィールドワーク」等のキラーチューンを生み出していた彼ならではの意表を突くようなフレーズが、本作でも随所に出現しています。特に自身の高音を生かした「繋ぎ」のフレージングが素晴らしく、「針ノ浜ストラット」のBメロへの入り方や、「シーパルちゃん」のキャッチーに挿入されたサビの終了部分、「蒼と青の向こうへ」のサビに切り替わる前の場面転換、「貴女はスポイラー」のBメロなどは、ハッと驚かされる音階の置き方をしてくる勘の良さといいますか、感性の鋭さから来る才能であると思います。
そして本作の魅力は、12曲をカレンダーに見立てた1月1曲で1年を振り返るコンセプチュアルな「カレンダーアルバム」に仕上げられているという点です。遠藤本人もその影響を隠さない大瀧詠一が設立したナイアガラ・レーベルの1977年作品「NAIAGARA CALENDAR」(日本最初のカレンダーアルバム)にあやかった方式ですが、日本の季節感溢れる四季折々の風景を描写したこの作品と比べて、遠藤式カレンダーアルバムの本作では、より局地的なローカリズムに徹しており、震災からの復興に邁進する女川町の情景を四季を通じて「歌」として昇華しています。復興活動に精力的に取り組んできた遠藤の想いが本作に結実しているという点においても、これ以上の「私小説」はないのではないかと思えるほど、実はモノローグ色の強い作品ではないかと感じています。
このような多彩な側面から語ることが可能な興味深い作品ですが、実のところこのようなメロディアス主義の80年代〜90年代横断的な純度の高いシンセポップ、例えば80年代なら安岡孝章率いる高知の5人組バンド・アイリーンフォーリーン、90年代なら佐藤清喜(ex.マイクロスター)と清水雄史のナイスミュージック(nice music)のような美メロシンセポップはなかなか評価されにくいのが実情で、その土壌も未だ整備されていません。遠藤本人もこうしたタイプのPOPSである自身の音楽を「リアス式テクノ」として銘打っていますが、本来こういうエレクトロで情景豊かに表現しながら美しいメロディとフレージングで彩られたポップソングが、一般的にももっともっと評価されなければいけないと考えています。当ブログが標榜しているTECHNOLOGY POPSもそういったジャンルを含有していますし、そのような種類のシンセポップ、テクノポップを応援しています。本作には作品自体の魅力が漲っていますし、女川町発信の隠れた名盤にとどまるのは実に惜しいアルバムです。是非全国に、そして世界へこの作品が広く届くことを切に願っています。
それではアルバム「HIROFUMI CALENDAR」に収録された各楽曲ごとの一口レビューです。
1月.「コモエスタ・ミ・アモール」
全てはこの楽曲から始まったデモソング第1号:旧題「コモエスタ・ジャポン」。ぶっといシンセベースからの音量で波打つEDM的ミックスが施されています。Aメロでは遠くから降りてくるようなシンセフレーズがファンタジックで、Bメロでは大胆なアルペジオで派手に装飾されていますが、この哀愁感漂う気だるいBメロがこの楽曲の最大のポイントと言えるでしょう。間奏ではフェイザーかけまくりの中で一言季節感を漂う言葉を叫んでいます(わかる方いらっしゃるでしょうか?)。1曲目にして既に味わい深い、つかみはOK!の良曲です。
2月.「新浪曼主義」
タイトルからもすぐに解釈できるようにこれは完全なる80's、ニューロマンティックな楽曲です。Tony Mansfield的なコーン!というソナー音、80年代初頭の高橋幸宏楽曲で頻繁に登場した細かく刻むザップ音、当然ドラムはSIMMONSです。そしてニューロマ楽曲に欠かせない乾いたノリのギターフレーズは遠藤自身の演奏で、間奏では大胆なダブ処理が施され幻惑的な世界に引きずり込まれます。そしてラストのコード感とジャラ〜ンとしたサウンドの妙な爽やかさ。この爽やかさはもはや遠藤節と言っても良いのではないかと思います。なお、この楽曲では歌詞にも注目して下さい。有名なニューロマバンドがいくつも隠れていますので(全部わかった方はニューロマ博士の称号を与えたいです)。
3月.「針ノ浜ストラット」
この楽曲のデモソングで本作が名盤であると確信しました。音像としては81年〜83年あたりのYMO式テクノポップ、中でも「浮気なぼくら」期の高橋幸宏サウンドの影響が濃く反映されています。何と言ってもスネアを中心としたドラムのサウンドが抜群!現在どこを見渡してみてもこれほどのドラムサウンドを出せるアーティストはいないのではないかと思います。新たなミックスによってイントロの白玉のキレもさらに磨きがかかり、シンセベースはScritti Polittiばりのバキバキフレーズ、Bメロの下降音や2周目のAメロのピロピロ音は高橋幸宏「Neu Romantic」でも聴いたことがある音色です。もうバリバリの後期YMOサウンドです。そして密かなポイントとしては遠藤氏の英語の歌い方。「runnnig」や「walking」の「ing」(特にグ)をしっかり発音してくるところに、英語教師が本業の彼の心意気が感じられて微笑ましい部分です。
4月.「冷たい桜」
これはさらにストレートにメロディ志向を押し出してきた楽曲ですが、全編にわたりファンタジックなシンセサウンドで飾られているので、非常にメルヘンティックな世界観に仕上がっています。全体的に歌にもかけられているうっすらリバーブがその夢心地気分に拍車をかけていますが、このふんわり感はPolysixエミュレートの質感による白玉パッドによるものでしょう。またキラキラした下降フレーズが桜の散り様を表現しているとも受け取れます。またリズムは典型的なLinn Drum。PCMドラムマシン特有のズシッとした音色が淡々としていて、これも実に味わい深いです。
5月.「シーパルちゃん」
女川町に震災後新しく完成したショッピングモール「シーパルピア女川」のゆるキャラ・シーパルちゃんのキャラクターソングとして作られたノベルティソングですが、その中身は非常に情報量が豊かです。マンボやサンバを基調としたAメロから、本作での唯一のゲストである村上ユカの多重コーラスが入ってきて雰囲気を構築していきます。このコーラスが実に大きな役目を果たしていまして、ノベルティなイメージに一気にサーフミュージック要素を取り込むことに成功しました。そしてそのひとしきりそれらがリピートした後に現れる必殺のサビが実に素晴らしい。まさかの高い音階で意表を突かれる泣きのメロディ、サビ終わりの駆け上がるフレーズはなかなか思いつかないセンスの賜物でしょう。ノベルティソングであっても美メロはしっかり取り入れてくる、それこそが80'sテクノポップの真髄とも言えるのです。
6月.「シエスタの丘」
レコードで言うところのA面最後の楽曲と言う立ち位置ですが、まさにシエスタと言ってよいほどの浮遊感溢れるコード進行が堪能できます。印象としては吉田保ミキシングによる大瀧詠一のミディアムナンバー的な雰囲気で、これも半分夢の中にいるような実は起きているような、そんな曖昧なまどろみの空間を行き来する感覚を、独特の転調を繰り返すコード感覚で表現しています。元々がフォークをテーマにして作られたというこの楽曲ですが、本作においても珍しくアコースティックギター音色が使用されていることもあり、程よい個性の感じられる楽曲となっています。
7月.「蒼と青の向こうへ」
女川町には2018年JFL(日本フットボールリーグ:Jリーグの下部に位置するアマチュアサッカーの全国リーグ)に所属していたサッカーチーム、コバルトーレ女川が2017年に東北地域サッカーリーグからJFLに昇格した際に制作された非公式応援ソング。タイトルの通り、どこまでも透き通った夏の空や海が想像できるような爽やかさを前面に押し出した名曲に仕上がっています。AメロからBメロ、そしてそこからの転調でサビにほんの少しシリアスなメロディが一瞬入る部分にセンスを感じます。しっかりオッオー!オッオー!と応援ソングらしいフレーズも入っているし、キャッチーで覚えやすく、そして何と言っても「いい曲」。これを自動筆記的に作ることができる遠藤氏にメロディの神様が降りてきた瞬間とも言えるでしょう。
8月.「夏浜開き」
80年代初頭のテクノポップサマーソングに影響されたという、まさに直球なサマーポップチューン。かわいいピュイピュイといった合いの手と独特のスネア音色もポイントですが、サビが急にロマンチシズムに溢れてくるのは80年代のあるアイドルソングをモチーフとしているそうです。少々ギミカルな間奏を皮切りに波の音と柔らかいストリングス音色が入ってきますが、このPolySixストリングスのおかげでグッとサウンドに広がりが出てきて、後半の盛り上がりに貢献していると思われます。
9月.「はなさない」
確かデモソングではギターの弾き語りだったはずが、全面的にエレクトリックなサウンドに変貌したミディアムナンバー。レゲエ調のリズム(ご本人曰く高橋幸宏のある有名楽曲がモチーフらしいです)に乗ったストレートなラブソングですが、耳に残るのはしつこいほどにレゾナンスを効かせた生ベースを混ぜたシンセベースで、チープな白玉を前面に押し出してくるなど、弾き語りバージョンからキラキラした情景が加わって、名曲度も増したのではないかと思います。しかしもちろんギターソロは遠藤氏自身の渋みのある演奏が残されています。
10月.「貴女はスポイラー」
この楽曲は他の楽曲とはまた性質が異なるタイプのロック調の楽曲です。元々がバンドのために作られたということで、当時の90年代的な匂いが随所に感じられます。ギター音色を多く重ねられているところにもロック魂を彷彿とさせますが、その部分を大きく表出させているのが遠藤氏の他の楽曲とは違った歌唱法です。鼻から抜けるような、タイトル通りスポイルするかのような吐き捨てるような歌い方は、実にワイルドです。90年代っぽいハウス調のリズムを取り入れるなど、実は新機軸な部分も多いチャレンジングな楽曲であると思います。
11月.「僕はほでなす」
デモソングの時点でも良い意味での「ヤバさ」を感じていた本作随一の問題作。ピアノ弾き語り的な独白的フレーズをつぶやくようなバラードから、中盤以降驚きの空間処理で聴き手を強引にタイムループに引きずり込んでくる、なんとも危険な楽曲です。深いリバーブやディレイとフェイザー満載のやりたい放題音像で、余りに深く引きずり込んでいくものだから、反響してブゥーンブゥーン言い出すし、歌も呪文のようにグワングワン脳内に響いてくるので、実に危ないです。そして最後に一言、「僕はほでなす」(ほでなすとは女川の方言で「愚か者」という意味だそうです)・・・そのシンプルさがまた実に、怖いです(笑)
12月.「冬の花火〜Requiem For The Souls〜」
そしてラストを飾るのが、この7分以上の名曲となるわけです。ナイスミュージック時代の佐藤清喜が書くようなスペイシーかつ冬の暖かさをエレクトロニクスで表現したかのような、サウンド&メロディの豪奢な質感がこれでもかと味わえます。裏で鳴るメタリックなサウンドが星の輝きを表し、1度目の間奏ではジャジーなピアノでムーディーな雰囲気を作り出し、2度目の間奏では白玉ストリングスとアルペジオで盛り上げ、ラストは独特な鐘の音で大団円を迎えます。そもそも冬の花火とは、女川町で震災後続けられていたイルミネーションを想起させるものであり、ラストの鐘は震災復興の象徴である「きぼうの鐘」をシミュレートしたものということで、この楽曲は遠藤氏の地元を愛する気持ちや、震災で亡くなった方達の鎮魂歌、そして震災復興への希望への道筋、それらの様々な想いが凝縮されているからこその深みが感じられる名曲に仕上がっているのです。
<評点>
・サウンド ★★★★ (直撃世代ならではの80'sマナー溢れる音色使いが絶妙)
・メロディ ★★★★★(キャッチーなのに引っかかりのあるフレージングが抜群)
・リズム ★★★★★(ドラマーということもあり音色・パターン共に文句なし)
・曲構成 ★★★★★(カレンダー形式は大正解でコンセプトワークも完璧)
・個性 ★★★★ (このタイプの美メロエレポップがもっと評価されてほしい)
総合評点: 10点
なお、遠藤裕文さんとの本作についてのクロストーク(インタビュー?)が実現しました!
noteの本ブログ別邸にて、近日中にUPする予定です。
本作における各曲の詳しいサウンド分析や、遠藤さんの音楽遍歴やスノモー時代についても詳しく聞いていますので、ご期待下さい。
TECHNOLOGY POPS π3.14(別邸)
https://note.mu/tpopsreryo
TECHNOLOGY POPS π3.14です。
通常当ブログは過去のTECHNOLOGY POPSな名盤を淡々と紹介しているレビューブログですが、今回は1年4ヶ月ぶりの「特別編」です。
今回取り上げます作品は、2011年の震災からの復興に挑み続ける宮城県女川町在住の音楽家であり、90年代後半から次世代テクノポップの旗手として確かな足跡を残した2人組ユニット・スノーモービルズ(略してスノモー)の半身でもある遠藤裕文さんの齢50歳にして初のソロアルバム「HIROFUMI CALENDAR」です。
少し遡ること2017年8月、当ブログのTwitterを相互フォローしていただいていた遠藤さんが突然1曲のデモソングをYouTubeにUPしました。「コモエスタ・ジャポン」と銘打たれたその楽曲は、既にサウンドとメロディにスノモー時代から変わらぬ80'sテクノポップの匂いを感じさせるものでした。そして間髪入れずにUPされたデモ2曲目の「針ノ浜ストラット」の完成度の高さに一気に引き込まれまして、この調子で楽曲が集まってアルバムリリースとなれば素晴らしい作品になるのでは・・という期待感が日に日に増していったのです。そこで、遠藤さんにはツイートついでにちょこちょこ進捗状況をお伺いしたり、突然数ヶ月遠藤さんのツイートが止まったりした時は妙に心配になって生存確認したり(その節は失礼しました!)、そのアルバムの完成を心待ちしていました。そして、本作の完成の暁には、当ブログで是非先行でアルバムレビューをさせてほしいという気持ちと、遠藤さんからも是非お願いしたいというお言葉もいただいておりましたので、2年を経過して遂に実現できるということでなんだか感慨深いものがあります。
そして肝心の完成した本作を聴かせていただいた感想につきましては、これからレビューで語らせていただきますが、正直に申しましてTECHNOLOGY POPSとして想像以上に直球ど真ん中を投げ込んできたといった印象で、ここで語らせていただくのももったいないほどのいわゆる「令和の名盤」と言ってよい完成度の高いアルバムとなっております。
このレビューを読んでいただき、是非遠藤さんの楽曲を80年代から同時代を過ごしてきた方にも、平成生まれの若いリスナーにも、広く聴いていただけますとレビュー冥利に尽きます。
それではどうぞご覧下さい。
「HIROFUMI CALENDAR」(2019 ISHINODA)
遠藤裕文:vocal・guitar・computer programming

1月.「コモエスタ・ミ・アモール」 詞・曲・編:遠藤裕文
2月.「新浪曼主義」 詞・曲・編:遠藤裕文
3月.「針ノ浜ストラット」 詞・曲・編:遠藤裕文
4月.「冷たい桜」 詞・曲・編:遠藤裕文
5月.「シーパルちゃん」 詞・曲・編:遠藤裕文 コーラス編:村上ユカ
6月.「シエスタの丘」 詞・曲・編:遠藤裕文
7月.「蒼と青の向こうへ」 詞・曲・編:遠藤裕文
8月.「夏浜開き」 詞・曲・編:遠藤裕文
9月.「はなさない」 詞・曲・編:遠藤裕文
10月.「貴女はスポイラー」 詞・曲・編:遠藤裕文
11月.「僕はほでなす」 詞・曲・編:遠藤裕文
12月.「冬の花火〜Requiem For The Souls〜」 詞・曲・編:遠藤裕文
<support musician>
村上ユカ:chorus・chorus arrangement
produced by 遠藤裕文
mixing engineered by 杉本健
recording engineered by 遠藤裕文
● 50歳にして初のソロアルバム!カレンダー形式で振り返る情景豊かな胸キュンメロディー満載のリアス式テクノが麗しい全てがシングルクオリティの「令和の名盤」
1994年、YMO関連やSOFT BALLET等を手掛けてきた名エンジニア・寺田康彦が設立したThink Sync Studioに集まった音楽クリエイター集団Think Sync Integralが発足します。1996年にはそこから自主レーベルThink Sync Recordsが設立されましたが、その第1弾アーティストとして1stアルバム「snow mobiles」をリリースしたのが当時全く無名の2人組・スノーモービルズでした。折原信明と遠藤裕文のデュオスタイルのこのグループは、児童文学や民話をモチーフとした独特の文語的言葉遣いの詩にテクノポップ由来のエレクトリックサウンドを乗せた斬新なコンセプトで、唯一無二の世界観を表現した稀有な存在で、そのセンス抜群の歌詞と玄人好みの富田恵一サウンドで兄弟デュオとして同時期にデビューしたキリンジと比較しても、引けを取らないどころか同等以上のオリジナリティを発揮していたユニットでしたが、2ndアルバム「銀の烏と小さな熊」、3rdアルバム「風note」を含めた3枚のフルアルバム(いずれも名盤!)と「晩秋のつむじ風」「風景観察官と夕焼け」のメジャーレーベルからリリースした2枚のマキシシングルを残して、現在は思い出したように突発的にライブを行うのみとなっています。
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もともと折原が東京、遠藤が盛岡→宮城県女川と拠点を別にした遠距離ユニットであったこともあり、それぞれに本業を持っていることから精力的な活動は難しくなったわけですが、スノモー最後のフルアルバム「風note」をリリースした2001年から現在までの約20年の間、2011年にあの東日本大震災が発生して、女川町在住の遠藤の地元が壊滅的な被害を受けるも、遠藤は被災地情報フリーペーパー「うみねこタイムズ」の編集長として女川町復興活動に駆け回ることになります。そしてスノモーも2011年に復興ソング「夕景の魔法」を発表するなど、あの震災を境にして様々な機運が回り始め、2017年にふとしたきっかけで動画サイトにUPされた遠藤のソロとしてのデモソングが、今回取り上げる「HIROFUMI CALENDAR」リリースの契機となっていくわけです。
さて、そのような経緯を経て構想10年・制作期間2年をかけて遂に完成した青さを基調とする素晴らしいジャケットも美しい本作ですが、動画サイトにUPされていた12曲のデモソングに歌詞が追加し歌入れがなされ、12曲をカレンダー形式で四季折々の女川の情景を巡っていくという強力なコンセプトワークが加わり、スノーモービルズ時代からの戦友でもあるエンジニア・杉本健のミキシング&マスタリングが施された楽曲達は、瞬く間に生まれ変わった印象を受けました。楽曲の根幹を担うのは、遠藤のルーツでもあり、スノモーでもそのエッセンスの注入を期待されていたというYMOに強く影響を受けた80'sテクノポップの香りを濃く感じさせるシンセサイザーサウンドです。特にハードウェアを使用せず、現代的な手法によるDTMレコーディングではありますが、時代の銘機であるKORG PolySixやMono/Poly、Roland Juno60のエミュレーションソフト等の駆使した80's感溢れるフレーズの数々は、日進月歩でシンセサウンドがアップデートされていったあの時代を経験している人間だからこそ生み出すことができる味わい深いものです。本作はこうした自身のルーツを惜しげもなく投入していることもあって、随所であからさまなモチーフとなるサウンドメイクを聴かせる部分もありますが、時代特有の繊細さとダイナミズムを併せ持ったリズムやフレーズの絡み合いを見事に再現しているといった意味では、本作のサウンドデザインは非常に高いクオリティを持っていると言っても過言ではないでしょう。
もう1点、触れなければならないポイントがあります。それは遠藤裕文というアーティストの強力な個性とも言える鋭いメロディセンスです。スノモー時代からも数少ない楽曲ながら「ゆうぐれ薄紫」や「うらら」、「南向き斜面の日時計」「フィールドワーク」等のキラーチューンを生み出していた彼ならではの意表を突くようなフレーズが、本作でも随所に出現しています。特に自身の高音を生かした「繋ぎ」のフレージングが素晴らしく、「針ノ浜ストラット」のBメロへの入り方や、「シーパルちゃん」のキャッチーに挿入されたサビの終了部分、「蒼と青の向こうへ」のサビに切り替わる前の場面転換、「貴女はスポイラー」のBメロなどは、ハッと驚かされる音階の置き方をしてくる勘の良さといいますか、感性の鋭さから来る才能であると思います。
そして本作の魅力は、12曲をカレンダーに見立てた1月1曲で1年を振り返るコンセプチュアルな「カレンダーアルバム」に仕上げられているという点です。遠藤本人もその影響を隠さない大瀧詠一が設立したナイアガラ・レーベルの1977年作品「NAIAGARA CALENDAR」(日本最初のカレンダーアルバム)にあやかった方式ですが、日本の季節感溢れる四季折々の風景を描写したこの作品と比べて、遠藤式カレンダーアルバムの本作では、より局地的なローカリズムに徹しており、震災からの復興に邁進する女川町の情景を四季を通じて「歌」として昇華しています。復興活動に精力的に取り組んできた遠藤の想いが本作に結実しているという点においても、これ以上の「私小説」はないのではないかと思えるほど、実はモノローグ色の強い作品ではないかと感じています。
このような多彩な側面から語ることが可能な興味深い作品ですが、実のところこのようなメロディアス主義の80年代〜90年代横断的な純度の高いシンセポップ、例えば80年代なら安岡孝章率いる高知の5人組バンド・アイリーンフォーリーン、90年代なら佐藤清喜(ex.マイクロスター)と清水雄史のナイスミュージック(nice music)のような美メロシンセポップはなかなか評価されにくいのが実情で、その土壌も未だ整備されていません。遠藤本人もこうしたタイプのPOPSである自身の音楽を「リアス式テクノ」として銘打っていますが、本来こういうエレクトロで情景豊かに表現しながら美しいメロディとフレージングで彩られたポップソングが、一般的にももっともっと評価されなければいけないと考えています。当ブログが標榜しているTECHNOLOGY POPSもそういったジャンルを含有していますし、そのような種類のシンセポップ、テクノポップを応援しています。本作には作品自体の魅力が漲っていますし、女川町発信の隠れた名盤にとどまるのは実に惜しいアルバムです。是非全国に、そして世界へこの作品が広く届くことを切に願っています。
それではアルバム「HIROFUMI CALENDAR」に収録された各楽曲ごとの一口レビューです。
1月.「コモエスタ・ミ・アモール」
全てはこの楽曲から始まったデモソング第1号:旧題「コモエスタ・ジャポン」。ぶっといシンセベースからの音量で波打つEDM的ミックスが施されています。Aメロでは遠くから降りてくるようなシンセフレーズがファンタジックで、Bメロでは大胆なアルペジオで派手に装飾されていますが、この哀愁感漂う気だるいBメロがこの楽曲の最大のポイントと言えるでしょう。間奏ではフェイザーかけまくりの中で一言季節感を漂う言葉を叫んでいます(わかる方いらっしゃるでしょうか?)。1曲目にして既に味わい深い、つかみはOK!の良曲です。
2月.「新浪曼主義」
タイトルからもすぐに解釈できるようにこれは完全なる80's、ニューロマンティックな楽曲です。Tony Mansfield的なコーン!というソナー音、80年代初頭の高橋幸宏楽曲で頻繁に登場した細かく刻むザップ音、当然ドラムはSIMMONSです。そしてニューロマ楽曲に欠かせない乾いたノリのギターフレーズは遠藤自身の演奏で、間奏では大胆なダブ処理が施され幻惑的な世界に引きずり込まれます。そしてラストのコード感とジャラ〜ンとしたサウンドの妙な爽やかさ。この爽やかさはもはや遠藤節と言っても良いのではないかと思います。なお、この楽曲では歌詞にも注目して下さい。有名なニューロマバンドがいくつも隠れていますので(全部わかった方はニューロマ博士の称号を与えたいです)。
3月.「針ノ浜ストラット」
この楽曲のデモソングで本作が名盤であると確信しました。音像としては81年〜83年あたりのYMO式テクノポップ、中でも「浮気なぼくら」期の高橋幸宏サウンドの影響が濃く反映されています。何と言ってもスネアを中心としたドラムのサウンドが抜群!現在どこを見渡してみてもこれほどのドラムサウンドを出せるアーティストはいないのではないかと思います。新たなミックスによってイントロの白玉のキレもさらに磨きがかかり、シンセベースはScritti Polittiばりのバキバキフレーズ、Bメロの下降音や2周目のAメロのピロピロ音は高橋幸宏「Neu Romantic」でも聴いたことがある音色です。もうバリバリの後期YMOサウンドです。そして密かなポイントとしては遠藤氏の英語の歌い方。「runnnig」や「walking」の「ing」(特にグ)をしっかり発音してくるところに、英語教師が本業の彼の心意気が感じられて微笑ましい部分です。
4月.「冷たい桜」
これはさらにストレートにメロディ志向を押し出してきた楽曲ですが、全編にわたりファンタジックなシンセサウンドで飾られているので、非常にメルヘンティックな世界観に仕上がっています。全体的に歌にもかけられているうっすらリバーブがその夢心地気分に拍車をかけていますが、このふんわり感はPolysixエミュレートの質感による白玉パッドによるものでしょう。またキラキラした下降フレーズが桜の散り様を表現しているとも受け取れます。またリズムは典型的なLinn Drum。PCMドラムマシン特有のズシッとした音色が淡々としていて、これも実に味わい深いです。
5月.「シーパルちゃん」
女川町に震災後新しく完成したショッピングモール「シーパルピア女川」のゆるキャラ・シーパルちゃんのキャラクターソングとして作られたノベルティソングですが、その中身は非常に情報量が豊かです。マンボやサンバを基調としたAメロから、本作での唯一のゲストである村上ユカの多重コーラスが入ってきて雰囲気を構築していきます。このコーラスが実に大きな役目を果たしていまして、ノベルティなイメージに一気にサーフミュージック要素を取り込むことに成功しました。そしてそのひとしきりそれらがリピートした後に現れる必殺のサビが実に素晴らしい。まさかの高い音階で意表を突かれる泣きのメロディ、サビ終わりの駆け上がるフレーズはなかなか思いつかないセンスの賜物でしょう。ノベルティソングであっても美メロはしっかり取り入れてくる、それこそが80'sテクノポップの真髄とも言えるのです。
6月.「シエスタの丘」
レコードで言うところのA面最後の楽曲と言う立ち位置ですが、まさにシエスタと言ってよいほどの浮遊感溢れるコード進行が堪能できます。印象としては吉田保ミキシングによる大瀧詠一のミディアムナンバー的な雰囲気で、これも半分夢の中にいるような実は起きているような、そんな曖昧なまどろみの空間を行き来する感覚を、独特の転調を繰り返すコード感覚で表現しています。元々がフォークをテーマにして作られたというこの楽曲ですが、本作においても珍しくアコースティックギター音色が使用されていることもあり、程よい個性の感じられる楽曲となっています。
7月.「蒼と青の向こうへ」
女川町には2018年JFL(日本フットボールリーグ:Jリーグの下部に位置するアマチュアサッカーの全国リーグ)に所属していたサッカーチーム、コバルトーレ女川が2017年に東北地域サッカーリーグからJFLに昇格した際に制作された非公式応援ソング。タイトルの通り、どこまでも透き通った夏の空や海が想像できるような爽やかさを前面に押し出した名曲に仕上がっています。AメロからBメロ、そしてそこからの転調でサビにほんの少しシリアスなメロディが一瞬入る部分にセンスを感じます。しっかりオッオー!オッオー!と応援ソングらしいフレーズも入っているし、キャッチーで覚えやすく、そして何と言っても「いい曲」。これを自動筆記的に作ることができる遠藤氏にメロディの神様が降りてきた瞬間とも言えるでしょう。
8月.「夏浜開き」
80年代初頭のテクノポップサマーソングに影響されたという、まさに直球なサマーポップチューン。かわいいピュイピュイといった合いの手と独特のスネア音色もポイントですが、サビが急にロマンチシズムに溢れてくるのは80年代のあるアイドルソングをモチーフとしているそうです。少々ギミカルな間奏を皮切りに波の音と柔らかいストリングス音色が入ってきますが、このPolySixストリングスのおかげでグッとサウンドに広がりが出てきて、後半の盛り上がりに貢献していると思われます。
9月.「はなさない」
確かデモソングではギターの弾き語りだったはずが、全面的にエレクトリックなサウンドに変貌したミディアムナンバー。レゲエ調のリズム(ご本人曰く高橋幸宏のある有名楽曲がモチーフらしいです)に乗ったストレートなラブソングですが、耳に残るのはしつこいほどにレゾナンスを効かせた生ベースを混ぜたシンセベースで、チープな白玉を前面に押し出してくるなど、弾き語りバージョンからキラキラした情景が加わって、名曲度も増したのではないかと思います。しかしもちろんギターソロは遠藤氏自身の渋みのある演奏が残されています。
10月.「貴女はスポイラー」
この楽曲は他の楽曲とはまた性質が異なるタイプのロック調の楽曲です。元々がバンドのために作られたということで、当時の90年代的な匂いが随所に感じられます。ギター音色を多く重ねられているところにもロック魂を彷彿とさせますが、その部分を大きく表出させているのが遠藤氏の他の楽曲とは違った歌唱法です。鼻から抜けるような、タイトル通りスポイルするかのような吐き捨てるような歌い方は、実にワイルドです。90年代っぽいハウス調のリズムを取り入れるなど、実は新機軸な部分も多いチャレンジングな楽曲であると思います。
11月.「僕はほでなす」
デモソングの時点でも良い意味での「ヤバさ」を感じていた本作随一の問題作。ピアノ弾き語り的な独白的フレーズをつぶやくようなバラードから、中盤以降驚きの空間処理で聴き手を強引にタイムループに引きずり込んでくる、なんとも危険な楽曲です。深いリバーブやディレイとフェイザー満載のやりたい放題音像で、余りに深く引きずり込んでいくものだから、反響してブゥーンブゥーン言い出すし、歌も呪文のようにグワングワン脳内に響いてくるので、実に危ないです。そして最後に一言、「僕はほでなす」(ほでなすとは女川の方言で「愚か者」という意味だそうです)・・・そのシンプルさがまた実に、怖いです(笑)
12月.「冬の花火〜Requiem For The Souls〜」
そしてラストを飾るのが、この7分以上の名曲となるわけです。ナイスミュージック時代の佐藤清喜が書くようなスペイシーかつ冬の暖かさをエレクトロニクスで表現したかのような、サウンド&メロディの豪奢な質感がこれでもかと味わえます。裏で鳴るメタリックなサウンドが星の輝きを表し、1度目の間奏ではジャジーなピアノでムーディーな雰囲気を作り出し、2度目の間奏では白玉ストリングスとアルペジオで盛り上げ、ラストは独特な鐘の音で大団円を迎えます。そもそも冬の花火とは、女川町で震災後続けられていたイルミネーションを想起させるものであり、ラストの鐘は震災復興の象徴である「きぼうの鐘」をシミュレートしたものということで、この楽曲は遠藤氏の地元を愛する気持ちや、震災で亡くなった方達の鎮魂歌、そして震災復興への希望への道筋、それらの様々な想いが凝縮されているからこその深みが感じられる名曲に仕上がっているのです。
<評点>
・サウンド ★★★★ (直撃世代ならではの80'sマナー溢れる音色使いが絶妙)
・メロディ ★★★★★(キャッチーなのに引っかかりのあるフレージングが抜群)
・リズム ★★★★★(ドラマーということもあり音色・パターン共に文句なし)
・曲構成 ★★★★★(カレンダー形式は大正解でコンセプトワークも完璧)
・個性 ★★★★ (このタイプの美メロエレポップがもっと評価されてほしい)
総合評点: 10点
なお、遠藤裕文さんとの本作についてのクロストーク(インタビュー?)が実現しました!
noteの本ブログ別邸にて、近日中にUPする予定です。
本作における各曲の詳しいサウンド分析や、遠藤さんの音楽遍歴やスノモー時代についても詳しく聞いていますので、ご期待下さい。
TECHNOLOGY POPS π3.14(別邸)
https://note.mu/tpopsreryo
「永遠と瞬間」 武藤彩未
「永遠と瞬間」 (2014 A-Sketch/アミューズ)
武藤彩未:vocal

1.「宙」 詞:mavie 曲:Takeshi Asakawa・本間昭光 編:篤志
2.「時間というWonderland」 詞:森雪之丞 曲:本間昭光 編:nishi-ken
3.「彩りの夏」 詞:森雪之丞 曲:本間昭光 編:nishi-ken
4.「桜 ロマンス」 詞:三浦徳子 曲:本間昭光 編:KAY
5.「とうめいしょうじょ」 詞:三浦徳子 曲:本間昭光 編:太田雅友
6.「A.Y.M」 詞:森雪之丞 曲:Takeshi Asakawa 編:篤志
7.「女神のサジェスチョン」 詞:三浦徳子 曲:本間昭光 編:nishi-ken
8.「永遠と瞬間」 詞:森雪之丞 曲:本間昭光 編:KAY
<support musician>
Tsuyo-B:electric guitar
EFFY:piano・computer programming
KAY:computer programming・all instruments
nishi-ken:computer programming・all instruments
篤志:computer programming・all instruments
堤育子:chorus
sound produced by 本間昭光
mixing engineered by サカタコスケ・山内”Dr”隆義
recording engineered by サカタコスケ
● 80’s歌謡メロディに現代風エレクトリックサウンドを施し果敢にソロ歌手として挑戦しつつ新風を巻き起こすデビューアルバム
古くから子役モデルとして活動を続けながら、女子小中学生アイドルグループ「さくら学院」のメンバーでもあった武藤彩未は、2012年の中学卒業と同時に同グループを卒業し約1年の充電期間に入りますが、それは相当に入念に準備されたプロジェクトの始まりでした。翌年満を持して登場した彼女が掲げたコンセプトは「DNA1980」。80年代アイドル歌謡の名曲をレコーディング方法から演奏ミュージシャン、使用される音色に至るまで緻密に再現したサウンドをバックに生演奏で歌うというもので、当時のJ-POP界においては異色のチャレンジでした。それらのリメイク楽曲が収録されたライブ会場やネット通販のみでリリースされた2枚のカバーアルバムを経て、彼女は翌2014年、アイドル歌手としては異例のシングルを切らずにアルバムリリースでのデビューを果たすこととなります。「NEWTRO-POP」という温故知新を標榜する彼女ならではの80'sアイドル歌謡を現代にアップデートしたような楽曲と、世界的な映像作家である関根光才を起用した奇抜なジャケット等、練りに練られたプロモーション戦略に導かれ、アイドル新時代への期待感に溢れた作品としてリスナーには受け取られました。
さて、「NEWTRO-POP」というくらいですので本作では「DNA1980」のような徹底的な80'sアイドル歌謡のイミテーションにはこだわらず、サウンド面では現代風のエレクトロサウンドで装飾された楽曲が8曲収録されています。しかし当然のことながら80年代のDNAは色濃く残しており、作詞では三浦徳子や森雪之丞といった黄金時代を知るベテランを起用、作曲とプロデュースには80'sの空気を否が応でも浴びてきた熟練のクリエイター本間昭光が手掛け、訴求力のあるノスタルジーメロディラインで当時のJ-POPシーンと一線を画することに成功しています。しかしそこで80年代当時のアレンジャーを起用しない部分に逆にこだわりを感じていて、いずれも当時30代の若手クリエイター、宇都宮隆や土橋安騎夫らの薫陶を受けるサウンドメイカーnishi-kenや、ポルノグラフィティ新藤昭一のユニットTHE野党のメンバーでもあり、藍井エイルらを手掛ける篤志、大阪出身でジャニーズ楽曲を多く手掛けるKAY、田村ゆかり楽曲で名を馳せた太田雅友らが起用され(作曲にも一部FLOWのTakeshi Asakawaを起用)、彼らの時代に呼応したエレクトリックサウンドデザインとメロディラインのはっきりした80'sマナー溢れる楽曲とのコラボレーションによって、新風を吹き込みたいという野心が感じられる8曲となっています。本作の強みは何と言っても魅惑的でキャッチーなサビで、現在では古臭いと言われるフレーズの中に生まれる「引っかかり」が、歌謡曲においては何よりも大事であることを再認識させられます。テレビで毎日のようにアイドル歌手がフルバンドをバックに歌いまくっていた古き良き時代を、容易に想起させるシンガーとしてのキャラクターを彼女が持ち合わせているのも魅力ですが、本作の現代的なエレクトロ仕様のアレンジで新機軸を図ろうとする意図も頷けるところであり、そのプロジェクト全体のチャレンジ精神は評価したいところです。結局売り上げには繋がらなかったのか、新たなムーブメントを起こすまでには至りませんでしたが、平成のJ-POP歌謡史においては確かな足跡を残せたのではないかと思います。
<Favorite Songs>
・「宙」
浮遊感のあるシーケンスと飛び道具がファンタジックなオープニングナンバー。ノスタルジックなメロディラインを歌う武藤の歌唱はまさに80'sアイドルイミテーションとして鍛えられただけあって癖のない透明感があります。四つ打ち上等の現代的なエレクトロアレンジもこの楽曲でのマッチングにハマっています。
・「女神のサジェスチョン」
メロディの展開が完璧なキュートでキャッチーなアイドル歌謡。AメロからBメロ、そしてまさにキラーフレーズとも言えるサビへの進め方が抜群。Cメロから後半のサビへ移る際のワンポイント入れる転調部分など芸術的です。
・「永遠と瞬間」
ドリーミーなエレクトリックアレンジも麗しいタイトルチューン。あくまでサウンドは現代風でありながら、Bメロのキャッチーなフレーズが素晴らしいアクセントになっていて、歌謡曲としてのクオリティを一段階上げています。
<評点>
・サウンド ★★ (シンセ中心でこれでもかのエレクトリック仕様)
・メロディ ★★★★★ (サビの訴求力で勝負するという制作者の意図を感じる)
・リズム ★ (あくまで現代風なのでスネアは軽くてバスドラ志向)
・曲構成 ★★ (欲を言えば80'sDNAとしてあと2曲収録して欲しかった)
・個性 ★★★ (J-POPシーンに新たな一石を投じたように見えたのだが)
総合評点: 7点
武藤彩未:vocal

1.「宙」 詞:mavie 曲:Takeshi Asakawa・本間昭光 編:篤志
2.「時間というWonderland」 詞:森雪之丞 曲:本間昭光 編:nishi-ken
3.「彩りの夏」 詞:森雪之丞 曲:本間昭光 編:nishi-ken
4.「桜 ロマンス」 詞:三浦徳子 曲:本間昭光 編:KAY
5.「とうめいしょうじょ」 詞:三浦徳子 曲:本間昭光 編:太田雅友
6.「A.Y.M」 詞:森雪之丞 曲:Takeshi Asakawa 編:篤志
7.「女神のサジェスチョン」 詞:三浦徳子 曲:本間昭光 編:nishi-ken
8.「永遠と瞬間」 詞:森雪之丞 曲:本間昭光 編:KAY
<support musician>
Tsuyo-B:electric guitar
EFFY:piano・computer programming
KAY:computer programming・all instruments
nishi-ken:computer programming・all instruments
篤志:computer programming・all instruments
堤育子:chorus
sound produced by 本間昭光
mixing engineered by サカタコスケ・山内”Dr”隆義
recording engineered by サカタコスケ
● 80’s歌謡メロディに現代風エレクトリックサウンドを施し果敢にソロ歌手として挑戦しつつ新風を巻き起こすデビューアルバム
古くから子役モデルとして活動を続けながら、女子小中学生アイドルグループ「さくら学院」のメンバーでもあった武藤彩未は、2012年の中学卒業と同時に同グループを卒業し約1年の充電期間に入りますが、それは相当に入念に準備されたプロジェクトの始まりでした。翌年満を持して登場した彼女が掲げたコンセプトは「DNA1980」。80年代アイドル歌謡の名曲をレコーディング方法から演奏ミュージシャン、使用される音色に至るまで緻密に再現したサウンドをバックに生演奏で歌うというもので、当時のJ-POP界においては異色のチャレンジでした。それらのリメイク楽曲が収録されたライブ会場やネット通販のみでリリースされた2枚のカバーアルバムを経て、彼女は翌2014年、アイドル歌手としては異例のシングルを切らずにアルバムリリースでのデビューを果たすこととなります。「NEWTRO-POP」という温故知新を標榜する彼女ならではの80'sアイドル歌謡を現代にアップデートしたような楽曲と、世界的な映像作家である関根光才を起用した奇抜なジャケット等、練りに練られたプロモーション戦略に導かれ、アイドル新時代への期待感に溢れた作品としてリスナーには受け取られました。
さて、「NEWTRO-POP」というくらいですので本作では「DNA1980」のような徹底的な80'sアイドル歌謡のイミテーションにはこだわらず、サウンド面では現代風のエレクトロサウンドで装飾された楽曲が8曲収録されています。しかし当然のことながら80年代のDNAは色濃く残しており、作詞では三浦徳子や森雪之丞といった黄金時代を知るベテランを起用、作曲とプロデュースには80'sの空気を否が応でも浴びてきた熟練のクリエイター本間昭光が手掛け、訴求力のあるノスタルジーメロディラインで当時のJ-POPシーンと一線を画することに成功しています。しかしそこで80年代当時のアレンジャーを起用しない部分に逆にこだわりを感じていて、いずれも当時30代の若手クリエイター、宇都宮隆や土橋安騎夫らの薫陶を受けるサウンドメイカーnishi-kenや、ポルノグラフィティ新藤昭一のユニットTHE野党のメンバーでもあり、藍井エイルらを手掛ける篤志、大阪出身でジャニーズ楽曲を多く手掛けるKAY、田村ゆかり楽曲で名を馳せた太田雅友らが起用され(作曲にも一部FLOWのTakeshi Asakawaを起用)、彼らの時代に呼応したエレクトリックサウンドデザインとメロディラインのはっきりした80'sマナー溢れる楽曲とのコラボレーションによって、新風を吹き込みたいという野心が感じられる8曲となっています。本作の強みは何と言っても魅惑的でキャッチーなサビで、現在では古臭いと言われるフレーズの中に生まれる「引っかかり」が、歌謡曲においては何よりも大事であることを再認識させられます。テレビで毎日のようにアイドル歌手がフルバンドをバックに歌いまくっていた古き良き時代を、容易に想起させるシンガーとしてのキャラクターを彼女が持ち合わせているのも魅力ですが、本作の現代的なエレクトロ仕様のアレンジで新機軸を図ろうとする意図も頷けるところであり、そのプロジェクト全体のチャレンジ精神は評価したいところです。結局売り上げには繋がらなかったのか、新たなムーブメントを起こすまでには至りませんでしたが、平成のJ-POP歌謡史においては確かな足跡を残せたのではないかと思います。
<Favorite Songs>
・「宙」
浮遊感のあるシーケンスと飛び道具がファンタジックなオープニングナンバー。ノスタルジックなメロディラインを歌う武藤の歌唱はまさに80'sアイドルイミテーションとして鍛えられただけあって癖のない透明感があります。四つ打ち上等の現代的なエレクトロアレンジもこの楽曲でのマッチングにハマっています。
・「女神のサジェスチョン」
メロディの展開が完璧なキュートでキャッチーなアイドル歌謡。AメロからBメロ、そしてまさにキラーフレーズとも言えるサビへの進め方が抜群。Cメロから後半のサビへ移る際のワンポイント入れる転調部分など芸術的です。
・「永遠と瞬間」
ドリーミーなエレクトリックアレンジも麗しいタイトルチューン。あくまでサウンドは現代風でありながら、Bメロのキャッチーなフレーズが素晴らしいアクセントになっていて、歌謡曲としてのクオリティを一段階上げています。
<評点>
・サウンド ★★ (シンセ中心でこれでもかのエレクトリック仕様)
・メロディ ★★★★★ (サビの訴求力で勝負するという制作者の意図を感じる)
・リズム ★ (あくまで現代風なのでスネアは軽くてバスドラ志向)
・曲構成 ★★ (欲を言えば80'sDNAとしてあと2曲収録して欲しかった)
・個性 ★★★ (J-POPシーンに新たな一石を投じたように見えたのだが)
総合評点: 7点
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