「WING」 芳本美代子
「WING」 (1986 テイチク)
芳本美代子:vocal

1.「KISS MOON」 詞:麻生圭子 曲:平井夏美 編:船山基紀
2.「True Love」 詞・曲:伊藤薫 編:船山基紀
3.「Secret」 詞・曲:伊藤薫 編:船山基紀
4.「夜明けのAway」 詞:麻生圭子 曲:平井夏美 編:船山基紀
5.「Auroraの少女」 詞:松本隆 曲:筒美京平 編:船山基紀
6.「ストライプのソックス」 詞:松本隆 曲:南佳孝 編:大村雅朗
7.「星のような雪の夜」 詞:麻生圭子 曲・編:大村雅朗
8.「青い靴」 詞:松本隆 曲:筒美京平 編:船山基紀
9.「ワイパーにはさんだI Love You」 詞:麻生圭子 曲:宮城伸一郎 編:大村雅朗
10.「Magic Garden」 詞:松本隆 曲:南佳孝 編:大村雅朗
<support musician>
土方隆行:electric guitar
松原正樹:electric guitar
芳野藤丸:electric guitar
吉川忠英:acoustic guitar
高水健司:electric bass
長岡道夫:electric bass
美久月千晴:electric bass
渡辺直樹:electric bass
岡本郭男:drums
菊地丈夫:drums
島村英二:drums
大谷和夫:keyboards
倉田信雄:keyboards
西本明:keyboards
山田秀俊:keyboards
斉藤ノブ:percussions
Jake H.Concepcion:sax
加藤JOEグループ:strings
木戸泰弘:backing vocals
鳴海寛:backing vocals
比山貴咏史:backing vocals
広谷順子:backing vocals
浦田恵司:synthesizer programming
助川宏:synthesizer programming
松武秀樹:synthesizer programming
produced by 山田茂
engineered by 内沼映二・佐藤忠治
● 豪華制作陣に支えられたシングル曲に頼らない高品位な楽曲が魅力的なレイト80’sアイドル最盛期の3rdアルバム
太眉と八重歯がチャームポイントの80年代アイドル歌手であった芳本美代子は、1985年3月にシングル「白いバスケットシューズ」でデビューしましたが、同期デビューが中山美穂、斉藤由貴、南野陽子、本田美奈子等々錚々たるメンバーであったため、売上的にも知名度的にも前述のアイドル達の後塵を拝していました。しかしながらアイドル歌手としては1987年までの3年間は年間シングル4枚、アルバム(ライブ盤・ミニアルバム含む)2枚というハイペースを保ち、精力的に作品をリリースし続けました。今回取り上げる本作は86年リリースの3rdフルアルバムで、初期のふわっとしたソフト路線から徐々に大人の階段を昇りつつある転換期の作品であり、また彼女のアルバムとしては最高の売上を記録した作品でもあります。
まず本作のリリース前、86年の彼女のシングル「青い靴」と「Auroraの少女」には大御所・筒美京平が作曲に起用され、松本隆の作詞と船山基紀の編曲という黄金トリオの楽曲で、シリアスなサウンドにチャレンジしつつ勝負をかけていくわけですが、本作はその流れを汲んでいくかと思いきや、ハード路線というよりはバラエティ豊かな楽曲が集められたアルバムに仕上げられています。しかし散漫な印象を受けずに済んでいるのは船山基紀と大村雅朗の安定感抜群のアレンジメントによる部分が大きく、86年という時代ならではのスネアが強調されたドラムサウンドとデジタルシンセのギラギラした音色を基調に楽曲イメージを具現化することに成功しています。特に大村雅朗が担当する楽曲は、クッキリしたシャープでキレのある船山アレンジ楽曲とは対照的に、深いリバーブでサウンドを包み込みながら、特にラスト2曲「ワイパーにはさんだI Love You」「Magic Garden」はアイドルソングらしからぬ音処理で一風変わった息吹をアルバムに与えており、それらのコントラストを楽しむのも一興です。しかしながらシングルのようなハードな路線へ進むのか、本作で垣間見せるメルヘン少女な側面や「KISS MOON」のようなジャジーな大人路線へ傾くのかどっちつかずな部分が彼女の立ち位置らしくもあり、結果的に(売上にも表れているように)本作は最も芳本美代子というアイドルの本質を表した作品なのではないでしょうか。
なお、この後彼女が進んでいくのは山川恵津子をパートナーに選んだエレガントポップ路線になります。
<Favorite Songs>
・「Secret」
「青い靴」や「Auroraの少女」のシングル路線を踏襲したシリアス歌謡。どこまでもタイトなドラムが先導しつつ、メタリックなデジタルシンセが派手に立ち回ります。ベースもスラップを織り交ぜる粒の立った音色で攻撃的なリズム隊を構築しています。
・「Auroraの少女」
幻想的なイントロが魅力的な先行2ndシングル。筒美特有の歌謡メロディに似つかわしくない16ビートのドラミングの圧が強くて非常に好みのエフェクト処理です。ブラスセクションとカッティングギターが絡まるとダンサブルなデジタルファンク歌謡の出来上がりです。
・「ワイパーにはさんだI Love You」
チューリップのベーシスト、宮城伸一郎が提供した本作の中でも随一の完成度を誇る楽曲。何と言ってもイントロの柔らかなシンセパッドと左右をパンしまくる機械的な電子パーカッションの緻密さ、そしてなぜか歌に入る直前に現れる低く深い爆発音には謎が深まるばかりです。サビからはタイトなドラムに間奏のサックスも絶妙な良曲なのですが、爆発音が・・・素晴らしいです。
<評点>
・サウンド ★★★ (攻撃的かつ幻想的なサウンドデザインが楽しめる)
・メロディ ★★ (多数の作曲家器用で統一感は薄いが安定感はある)
・リズム ★★★ (これぞ86年といった電子的処理のタイトスネア)
・曲構成 ★ (保守と挑戦が入り混じる曖昧な立ち位置がむず痒い)
・個性 ★★ (まさに転換期ともいうべきチャレンジを垣間見る)
総合評点: 7点
芳本美代子:vocal

1.「KISS MOON」 詞:麻生圭子 曲:平井夏美 編:船山基紀
2.「True Love」 詞・曲:伊藤薫 編:船山基紀
3.「Secret」 詞・曲:伊藤薫 編:船山基紀
4.「夜明けのAway」 詞:麻生圭子 曲:平井夏美 編:船山基紀
5.「Auroraの少女」 詞:松本隆 曲:筒美京平 編:船山基紀
6.「ストライプのソックス」 詞:松本隆 曲:南佳孝 編:大村雅朗
7.「星のような雪の夜」 詞:麻生圭子 曲・編:大村雅朗
8.「青い靴」 詞:松本隆 曲:筒美京平 編:船山基紀
9.「ワイパーにはさんだI Love You」 詞:麻生圭子 曲:宮城伸一郎 編:大村雅朗
10.「Magic Garden」 詞:松本隆 曲:南佳孝 編:大村雅朗
<support musician>
土方隆行:electric guitar
松原正樹:electric guitar
芳野藤丸:electric guitar
吉川忠英:acoustic guitar
高水健司:electric bass
長岡道夫:electric bass
美久月千晴:electric bass
渡辺直樹:electric bass
岡本郭男:drums
菊地丈夫:drums
島村英二:drums
大谷和夫:keyboards
倉田信雄:keyboards
西本明:keyboards
山田秀俊:keyboards
斉藤ノブ:percussions
Jake H.Concepcion:sax
加藤JOEグループ:strings
木戸泰弘:backing vocals
鳴海寛:backing vocals
比山貴咏史:backing vocals
広谷順子:backing vocals
浦田恵司:synthesizer programming
助川宏:synthesizer programming
松武秀樹:synthesizer programming
produced by 山田茂
engineered by 内沼映二・佐藤忠治
● 豪華制作陣に支えられたシングル曲に頼らない高品位な楽曲が魅力的なレイト80’sアイドル最盛期の3rdアルバム
太眉と八重歯がチャームポイントの80年代アイドル歌手であった芳本美代子は、1985年3月にシングル「白いバスケットシューズ」でデビューしましたが、同期デビューが中山美穂、斉藤由貴、南野陽子、本田美奈子等々錚々たるメンバーであったため、売上的にも知名度的にも前述のアイドル達の後塵を拝していました。しかしながらアイドル歌手としては1987年までの3年間は年間シングル4枚、アルバム(ライブ盤・ミニアルバム含む)2枚というハイペースを保ち、精力的に作品をリリースし続けました。今回取り上げる本作は86年リリースの3rdフルアルバムで、初期のふわっとしたソフト路線から徐々に大人の階段を昇りつつある転換期の作品であり、また彼女のアルバムとしては最高の売上を記録した作品でもあります。
まず本作のリリース前、86年の彼女のシングル「青い靴」と「Auroraの少女」には大御所・筒美京平が作曲に起用され、松本隆の作詞と船山基紀の編曲という黄金トリオの楽曲で、シリアスなサウンドにチャレンジしつつ勝負をかけていくわけですが、本作はその流れを汲んでいくかと思いきや、ハード路線というよりはバラエティ豊かな楽曲が集められたアルバムに仕上げられています。しかし散漫な印象を受けずに済んでいるのは船山基紀と大村雅朗の安定感抜群のアレンジメントによる部分が大きく、86年という時代ならではのスネアが強調されたドラムサウンドとデジタルシンセのギラギラした音色を基調に楽曲イメージを具現化することに成功しています。特に大村雅朗が担当する楽曲は、クッキリしたシャープでキレのある船山アレンジ楽曲とは対照的に、深いリバーブでサウンドを包み込みながら、特にラスト2曲「ワイパーにはさんだI Love You」「Magic Garden」はアイドルソングらしからぬ音処理で一風変わった息吹をアルバムに与えており、それらのコントラストを楽しむのも一興です。しかしながらシングルのようなハードな路線へ進むのか、本作で垣間見せるメルヘン少女な側面や「KISS MOON」のようなジャジーな大人路線へ傾くのかどっちつかずな部分が彼女の立ち位置らしくもあり、結果的に(売上にも表れているように)本作は最も芳本美代子というアイドルの本質を表した作品なのではないでしょうか。
なお、この後彼女が進んでいくのは山川恵津子をパートナーに選んだエレガントポップ路線になります。
<Favorite Songs>
・「Secret」
「青い靴」や「Auroraの少女」のシングル路線を踏襲したシリアス歌謡。どこまでもタイトなドラムが先導しつつ、メタリックなデジタルシンセが派手に立ち回ります。ベースもスラップを織り交ぜる粒の立った音色で攻撃的なリズム隊を構築しています。
・「Auroraの少女」
幻想的なイントロが魅力的な先行2ndシングル。筒美特有の歌謡メロディに似つかわしくない16ビートのドラミングの圧が強くて非常に好みのエフェクト処理です。ブラスセクションとカッティングギターが絡まるとダンサブルなデジタルファンク歌謡の出来上がりです。
・「ワイパーにはさんだI Love You」
チューリップのベーシスト、宮城伸一郎が提供した本作の中でも随一の完成度を誇る楽曲。何と言ってもイントロの柔らかなシンセパッドと左右をパンしまくる機械的な電子パーカッションの緻密さ、そしてなぜか歌に入る直前に現れる低く深い爆発音には謎が深まるばかりです。サビからはタイトなドラムに間奏のサックスも絶妙な良曲なのですが、爆発音が・・・素晴らしいです。
<評点>
・サウンド ★★★ (攻撃的かつ幻想的なサウンドデザインが楽しめる)
・メロディ ★★ (多数の作曲家器用で統一感は薄いが安定感はある)
・リズム ★★★ (これぞ86年といった電子的処理のタイトスネア)
・曲構成 ★ (保守と挑戦が入り混じる曖昧な立ち位置がむず痒い)
・個性 ★★ (まさに転換期ともいうべきチャレンジを垣間見る)
総合評点: 7点
「現象の花の秘密」 平沢進
「現象の花の秘密」 (2012 ケイオスユニオン)
平沢進:vocal・all instruments

1.「現象の花の秘密」 詞・曲・編:平沢進
2.「幽霊船」 詞・曲・編:平沢進
3.「華の影」 詞・曲・編:平沢進
4.「脳動説」 詞・曲・編:平沢進
5.「盗人ザリネロ」 詞・曲・編:平沢進
6.「侵入者」 詞・曲・編:平沢進
7.「Astro-ho! Phase-7」 詞・曲・編:平沢進
8.「Amputee ガーベラ」 詞・曲・編:平沢進
9.「冠毛種子の大群」 詞・曲・編:平沢進
10.「空転G」 詞・曲・編:平沢進
11.「現象の花の秘密 - E」 詞・曲・編:平沢進
12.「Amputee ガーベラ - E」 詞・曲・編:平沢進
produced by 平沢進
engineered by 鎮西正憲
● 電子音をストリングスに差し替えオーケストレーション全開で音が蠢く孤高のカリスマアーティストの2012年作品
2009年のソロアルバム「点呼する惑星」リリースの翌年。2010年は平沢ソロ活動20周年・P-MODEL結成30周年記念ということで「凝集する過去 還弦主義8760時間」というプロジェクトが企画され、これまでの平沢自身が手掛けてきた楽曲の中からインターネットで投票を募り、電子音を基軸とした平沢サウンドをオーケストレーションアレンジでリメイクするという試みが実施され、P-MODEL楽曲を弦アレンジで英メイクした「突弦変異」、平沢ソロ楽曲をリメイクした「変弦自在」の2枚がリリースされました。周年事業のお祭り企画と思われたこの試みですが、これまでも新しい試みを自身の生み出すサウンドの血肉としてきた彼のことですから、このオーケストレーションをフィーチャーした手法は自身の次なるソロアルバムへと引き継がれていくこととなります。そして平沢ソロアルバム3年周期説を忠実に守った2012年に本作がリリースされるわけですが、「BLUE RIMBO」「白虎野」と続いて「点呼する惑星」でSF回帰したディストピア3部作の次なる展開を期待したリスナーを待っていたのは、全編オーケストレーションサウンドが施された新機軸のサウンドでした。
オーケストレーションとは言いつつももちろん極力ゲストを排した制作環境を好む平沢作品ですから、フルオーケストラの生演奏ではなく、ソフトウェア音源East West社の「Hollywood Strings」によるプログラミングです。そして楽曲の構成は紛れもなく平沢楽曲そのものであるということは、すなわち音源さえ差し替えればいつもの電子音満載の平沢サウンドに一瞬にして切り替わるわけで、特に目立って作風を変えたというよりは、「視点を変えた」という言い方が正しいのではないかと思います。むしろこのストリングスフレーズの音数の多さを考えますと、もし電子音に切り替えたとすれば核P-MODELのような攻撃的なフレーズになると思われます(ボーナストラックの2曲を聴いてみれば理解できると思いますが)。そういった意味では一聴して地味に感じられるような本作も、手のひらを返せば複雑なフレーズが入り乱れるい典型的な平沢サウンドを内包していると言えるでしょう。このように音色の選択によってガラリと印象が変わることを示唆する作品ではありますが、もともと平沢ソロ楽曲はシンセストリングスによって壮大な音空間を演出し、そのストーリー性溢れる音世界をインタラクティブライブに代表されるパフォーマンスに昇華させる一端を担っていたわけで、ストリングスは彼のサウンドデザインの生命線の1つであり、それを上記の「還弦主義〜」で大々的にフィーチャーすることには非常に意義があったのではないかと思われます。その意味では本作は彼のディスコグラフィの中では異質であるかもしれませんが、ある種重要な作品ではないかと個人的には考えています。そして当然のごとく2015年の次作「ホログラムを登る男」では、本作で培ったオーケストレーションをいつもの平沢サウンドにしっかり取り入れながら、さらなる進化を見せる隙のなさを見せつけてくれるのです。
<Favorite Songs>
・「華の影」
本作の中ではイントロから電子音フレーズが使用された数少ない楽曲。当然オーケストレーションが中心ではあるものの、ディレイがかけられた電子音が良いアクセントとなっています。間奏からは歪むリズムトラックやデストロイギターも入ってきて、静謐な中にも比較的躍動感を感じる楽曲です。
・「侵入者」
ストリングス主体ながら重ね合わせたヴォーカルと管楽器のシミュレーション、ハープサウンドの導入等比較的美しさを追求した楽曲。隙間を埋め尽くすようなストリングスの流れるようなフレーズによって、広大な空間を俯瞰するような開放的な気分に浸ることができます。
・「冠毛種子の大群」
切羽詰まったフレージングでオーケストレーションの醍醐味を味わえる壮大なアレンジメント楽曲。サビ前の金管シミュレーションの畳み掛けが素晴らしいです。間奏でも疾走するフレーズを金管から弦へとバトンタッチしながら焦燥感を露わにしながら攻撃してきます。
<評点>
・サウンド ★★★ (管弦楽器シミュレーションも切迫感のある音の詰め方)
・メロディ ★ (サウンド面でのフィーチャーがメロディをやや難解に)
・リズム ★ (リズムトラックも登場するが添え物程度の印象)
・曲構成 ★ (どうしても管弦音が印象深いため楽曲の粒が立ちにくい)
・個性 ★★★ (これだけ管弦音を使いながらクラシカルにならない)
総合評点: 7点
平沢進:vocal・all instruments

1.「現象の花の秘密」 詞・曲・編:平沢進
2.「幽霊船」 詞・曲・編:平沢進
3.「華の影」 詞・曲・編:平沢進
4.「脳動説」 詞・曲・編:平沢進
5.「盗人ザリネロ」 詞・曲・編:平沢進
6.「侵入者」 詞・曲・編:平沢進
7.「Astro-ho! Phase-7」 詞・曲・編:平沢進
8.「Amputee ガーベラ」 詞・曲・編:平沢進
9.「冠毛種子の大群」 詞・曲・編:平沢進
10.「空転G」 詞・曲・編:平沢進
11.「現象の花の秘密 - E」 詞・曲・編:平沢進
12.「Amputee ガーベラ - E」 詞・曲・編:平沢進
produced by 平沢進
engineered by 鎮西正憲
● 電子音をストリングスに差し替えオーケストレーション全開で音が蠢く孤高のカリスマアーティストの2012年作品
2009年のソロアルバム「点呼する惑星」リリースの翌年。2010年は平沢ソロ活動20周年・P-MODEL結成30周年記念ということで「凝集する過去 還弦主義8760時間」というプロジェクトが企画され、これまでの平沢自身が手掛けてきた楽曲の中からインターネットで投票を募り、電子音を基軸とした平沢サウンドをオーケストレーションアレンジでリメイクするという試みが実施され、P-MODEL楽曲を弦アレンジで英メイクした「突弦変異」、平沢ソロ楽曲をリメイクした「変弦自在」の2枚がリリースされました。周年事業のお祭り企画と思われたこの試みですが、これまでも新しい試みを自身の生み出すサウンドの血肉としてきた彼のことですから、このオーケストレーションをフィーチャーした手法は自身の次なるソロアルバムへと引き継がれていくこととなります。そして平沢ソロアルバム3年周期説を忠実に守った2012年に本作がリリースされるわけですが、「BLUE RIMBO」「白虎野」と続いて「点呼する惑星」でSF回帰したディストピア3部作の次なる展開を期待したリスナーを待っていたのは、全編オーケストレーションサウンドが施された新機軸のサウンドでした。
オーケストレーションとは言いつつももちろん極力ゲストを排した制作環境を好む平沢作品ですから、フルオーケストラの生演奏ではなく、ソフトウェア音源East West社の「Hollywood Strings」によるプログラミングです。そして楽曲の構成は紛れもなく平沢楽曲そのものであるということは、すなわち音源さえ差し替えればいつもの電子音満載の平沢サウンドに一瞬にして切り替わるわけで、特に目立って作風を変えたというよりは、「視点を変えた」という言い方が正しいのではないかと思います。むしろこのストリングスフレーズの音数の多さを考えますと、もし電子音に切り替えたとすれば核P-MODELのような攻撃的なフレーズになると思われます(ボーナストラックの2曲を聴いてみれば理解できると思いますが)。そういった意味では一聴して地味に感じられるような本作も、手のひらを返せば複雑なフレーズが入り乱れるい典型的な平沢サウンドを内包していると言えるでしょう。このように音色の選択によってガラリと印象が変わることを示唆する作品ではありますが、もともと平沢ソロ楽曲はシンセストリングスによって壮大な音空間を演出し、そのストーリー性溢れる音世界をインタラクティブライブに代表されるパフォーマンスに昇華させる一端を担っていたわけで、ストリングスは彼のサウンドデザインの生命線の1つであり、それを上記の「還弦主義〜」で大々的にフィーチャーすることには非常に意義があったのではないかと思われます。その意味では本作は彼のディスコグラフィの中では異質であるかもしれませんが、ある種重要な作品ではないかと個人的には考えています。そして当然のごとく2015年の次作「ホログラムを登る男」では、本作で培ったオーケストレーションをいつもの平沢サウンドにしっかり取り入れながら、さらなる進化を見せる隙のなさを見せつけてくれるのです。
<Favorite Songs>
・「華の影」
本作の中ではイントロから電子音フレーズが使用された数少ない楽曲。当然オーケストレーションが中心ではあるものの、ディレイがかけられた電子音が良いアクセントとなっています。間奏からは歪むリズムトラックやデストロイギターも入ってきて、静謐な中にも比較的躍動感を感じる楽曲です。
・「侵入者」
ストリングス主体ながら重ね合わせたヴォーカルと管楽器のシミュレーション、ハープサウンドの導入等比較的美しさを追求した楽曲。隙間を埋め尽くすようなストリングスの流れるようなフレーズによって、広大な空間を俯瞰するような開放的な気分に浸ることができます。
・「冠毛種子の大群」
切羽詰まったフレージングでオーケストレーションの醍醐味を味わえる壮大なアレンジメント楽曲。サビ前の金管シミュレーションの畳み掛けが素晴らしいです。間奏でも疾走するフレーズを金管から弦へとバトンタッチしながら焦燥感を露わにしながら攻撃してきます。
<評点>
・サウンド ★★★ (管弦楽器シミュレーションも切迫感のある音の詰め方)
・メロディ ★ (サウンド面でのフィーチャーがメロディをやや難解に)
・リズム ★ (リズムトラックも登場するが添え物程度の印象)
・曲構成 ★ (どうしても管弦音が印象深いため楽曲の粒が立ちにくい)
・個性 ★★★ (これだけ管弦音を使いながらクラシカルにならない)
総合評点: 7点
「QUARTZ PLAZA」 Jerry Galeries
「QUARTZ PLAZA」(2017 Batalong Productions)
Jerry Galeries:vocals・all instruments

1.「Quartz Plaza」 Jerry Galeries
2.「In For A Long Night」 Jerry Galeries
3.「Wishing Well」 Jerry Galeries
4.「Cup Noodles」 Jerry Galeries
5.「Untitled」 Jerry Galeries
6.「Rat Race City」 Jerry Galeries
7.「It’s A Devil’s Game」 Jerry Galeries
8.「Say A Prayer」 Jerry Galeries
9.「End Of The Night」 Jerry Galeries
<support musician>
Glen Ashburn:electric guitar
Simon Yong:electric guitar
Eunice Salanga:electric bass
LJ Lee:drums
Pongthipok Sootthipong:alto sax
Teo Boon Chye:alto sax
Anna Koh:backing vocals
Liwani Jelani:backing vocals
produced by Jerry Galeries
engineered by Jerry Galeries
● シンガポール発角松敏生フリークの刺客!圧倒的な愛あるオマージュを武器に美メロを聴かせるリスペクト溢れる日本式80’sシティポップ作品
現在世界中でにわかに脚光を浴びている80'sジャパニーズシティポップ。YouTubeやサブスクリプションサービスの普及により海外からのジャパニーズPOPSへのアクセスが容易になった背景もあり、欧米POPSの影響を受けながらも独自のサウンドデザインに発展していった日本式シティポップ界隈のマニアが急増し、有名無名問わず日本の古き良き名盤が世界中にマニアに掘り起こされ高価で取引される時代ですが、東南アジアにおけるジャパニーズPOPSの人気も当然高く、そこに影響されたアーティストも続々登場しています。日本でも名が知られているインドネシアのIkkubaru、日本でもデビューを果たしたタイのPolycatなど、明らかにシティポップ特有にメロディラインとサウンド構築をオマージュしたグループが後を絶ちませんが、既にアジア経済の中心地と言っても良いシンガポールにおいて、颯爽と登場したのがJerry Galeriesです。彼も当然シティポッパーとしてのマニアックな志向を隠そうともしない音楽性ですが、どちらかといえば彼が志向するサウンドは1985年以降、すなわちミドル80's〜レイト80'sにかけてのギラギラしたブギーサウンドで、2017年リリースの1stフルアルバムである本作では、非常に特徴的で偏執的なある日本人アーティストへのリスペクトを感じさせる仕上がりで、聴き手を含み笑いと共に頷かせる仕上がりとなっています。
そのアーティストとは、何を隠そう日本においてアメリカの最先端デジタルサウンドを導入し、アクの強い歌唱とオーバー気味のプロデュースワークによって時代を席巻した不世出のクリエイター角松敏生です。彼や山下達郎、そして角松プロデュースで名曲を量産した80'sブギーグループJADOESからの影響を公言するJerry Galeriesならではの、恐ろしいくらいのリスペクトがこの作品に詰まっています。「Cup Noodles」や「Rat Race City」を聴いていただけるとわかると思いますが、歌唱法やシンセの音色、コーラスの入り方やベースソロのタイミング、イントロのブレイク等に至るまで、正直に言いますと、ほぼ角松敏生です(あながち「Untitled」の女性ヴォーカルは国分友里恵?)。これまで角松フォロワーは数多く(?)ありましたが、彼のリスペクトぶりは半端ではありません。DX7直系のエレピやベルサウンドを主体としたデジタルシンセのオンパレードに、あの時代特有のゲートリバーブの効いたスネアの再現も堂に入っておりますが、Michael Fortunatiのアルバムに必ず収録されているようなミディアムチューン「Wishing Well」、JADOESサウンドにサビがオメガトライブ直系の名曲「Say A Prayer」、ずっしりドラムが個性的な角松風バラード「End Of The Night」等のバラードソングにおいても顕著な柔らかな白玉パッドが包み込むサウンドメイクは80'sノスタルジーの最たるもので、ただ角松リスペクトで終わらずに、演奏・音色やフレージングなどのアレンジメント、コードワーク、メロディ展開をつぶさに研究し、それを実現するための執念までも感じさせます。まさに好きこそものの上手なれの精神で聴き手を魅了させる、一種の清涼感を感じさせる作品となっています。
驚くべきは彼は90年代生まれで80'sは後追いということですが、彼の素晴らしい部分は80'sリスペクトなサウンドに現代風のリズムトラックとかフレーズを混在させて純度を失わせることをしないことです。どうしても現在のシティポップフォロワー達は現代風のサウンドで新しいサウンドを主張したい傾向にあるようですが、それは完成度の高い80'sサウンドを時にはぼやかしてしまう恐れもあります。Jerry Galeriesは徹底してミドル&レイト80'sを追求したサウンドに挑戦しており、2019年にはシングル「Tonight(邦題:今晩)」で直球の80'ブギーでその健在ぶりを見せつけており、次作への期待は膨らむばかりです。
<Favorite Songs>
・「Cup Noodles」
のっけからのサビから明らかに「Lucky Lady Feel So Good」な暑苦しい角松歌唱でスタートするデジタルファンクチューン。Aメロのセリフカットアップを乗せたコードワーク、Bメロでは女性コーラスの入れ方、間奏の青木智仁風ベースソロなど、どこを切り取ってもあの時代の角松サウンドとしか言いようがありません。クセの強いヴォーカルスタイルまでフォローするリスペクトぶりに脱帽です。
・「Rat Race City」
リズムトラックからねちっこいシンセリフで全てを持っていく80'sブギーポップ。Aメロ前のキメのフレーズがあからさまな「Lucky Lady〜」で既に面白いです。86年頃の角松の時代にマッチした熱さ、そしてオーバーヒートした暑苦しさを見事に表現しきったサウンドメイクが嬉しいです。
・「It’s A Devil’s Game」
こちらは確実にJADOESリスペクトなエレクトリカルミディアムチューン。メタリック感満載のFMピアノに緻密なシーケンスに絡み合いの心地よさは半端ではありません。ボコーダー気味なコーラスが美味なサビが明らかにJADOESの名バラード「部屋」ですが、このようなあからさまな引用も微笑ましくすらあります。なぜなら単純に良いサウンドとメロディの絡み合いだからです。
<評点>
・サウンド ★★★★ (角松サウンドを研究し尽くした努力が垣間見える)
・メロディ ★★★★ (オマージュといえども美メロ構築はハイセンス)
・リズム ★★★★ (80'sマナーを熟知したスネアドラムが素晴らしい)
・曲構成 ★★★ (ファンクチューンとバラードのバランスも絶妙)
・個性 ★★ (流石に余りにも角松に寄りすぎた感も否めない)
総合評点: 8点
Jerry Galeries:vocals・all instruments

1.「Quartz Plaza」 Jerry Galeries
2.「In For A Long Night」 Jerry Galeries
3.「Wishing Well」 Jerry Galeries
4.「Cup Noodles」 Jerry Galeries
5.「Untitled」 Jerry Galeries
6.「Rat Race City」 Jerry Galeries
7.「It’s A Devil’s Game」 Jerry Galeries
8.「Say A Prayer」 Jerry Galeries
9.「End Of The Night」 Jerry Galeries
<support musician>
Glen Ashburn:electric guitar
Simon Yong:electric guitar
Eunice Salanga:electric bass
LJ Lee:drums
Pongthipok Sootthipong:alto sax
Teo Boon Chye:alto sax
Anna Koh:backing vocals
Liwani Jelani:backing vocals
produced by Jerry Galeries
engineered by Jerry Galeries
● シンガポール発角松敏生フリークの刺客!圧倒的な愛あるオマージュを武器に美メロを聴かせるリスペクト溢れる日本式80’sシティポップ作品
現在世界中でにわかに脚光を浴びている80'sジャパニーズシティポップ。YouTubeやサブスクリプションサービスの普及により海外からのジャパニーズPOPSへのアクセスが容易になった背景もあり、欧米POPSの影響を受けながらも独自のサウンドデザインに発展していった日本式シティポップ界隈のマニアが急増し、有名無名問わず日本の古き良き名盤が世界中にマニアに掘り起こされ高価で取引される時代ですが、東南アジアにおけるジャパニーズPOPSの人気も当然高く、そこに影響されたアーティストも続々登場しています。日本でも名が知られているインドネシアのIkkubaru、日本でもデビューを果たしたタイのPolycatなど、明らかにシティポップ特有にメロディラインとサウンド構築をオマージュしたグループが後を絶ちませんが、既にアジア経済の中心地と言っても良いシンガポールにおいて、颯爽と登場したのがJerry Galeriesです。彼も当然シティポッパーとしてのマニアックな志向を隠そうともしない音楽性ですが、どちらかといえば彼が志向するサウンドは1985年以降、すなわちミドル80's〜レイト80'sにかけてのギラギラしたブギーサウンドで、2017年リリースの1stフルアルバムである本作では、非常に特徴的で偏執的なある日本人アーティストへのリスペクトを感じさせる仕上がりで、聴き手を含み笑いと共に頷かせる仕上がりとなっています。
そのアーティストとは、何を隠そう日本においてアメリカの最先端デジタルサウンドを導入し、アクの強い歌唱とオーバー気味のプロデュースワークによって時代を席巻した不世出のクリエイター角松敏生です。彼や山下達郎、そして角松プロデュースで名曲を量産した80'sブギーグループJADOESからの影響を公言するJerry Galeriesならではの、恐ろしいくらいのリスペクトがこの作品に詰まっています。「Cup Noodles」や「Rat Race City」を聴いていただけるとわかると思いますが、歌唱法やシンセの音色、コーラスの入り方やベースソロのタイミング、イントロのブレイク等に至るまで、正直に言いますと、ほぼ角松敏生です(あながち「Untitled」の女性ヴォーカルは国分友里恵?)。これまで角松フォロワーは数多く(?)ありましたが、彼のリスペクトぶりは半端ではありません。DX7直系のエレピやベルサウンドを主体としたデジタルシンセのオンパレードに、あの時代特有のゲートリバーブの効いたスネアの再現も堂に入っておりますが、Michael Fortunatiのアルバムに必ず収録されているようなミディアムチューン「Wishing Well」、JADOESサウンドにサビがオメガトライブ直系の名曲「Say A Prayer」、ずっしりドラムが個性的な角松風バラード「End Of The Night」等のバラードソングにおいても顕著な柔らかな白玉パッドが包み込むサウンドメイクは80'sノスタルジーの最たるもので、ただ角松リスペクトで終わらずに、演奏・音色やフレージングなどのアレンジメント、コードワーク、メロディ展開をつぶさに研究し、それを実現するための執念までも感じさせます。まさに好きこそものの上手なれの精神で聴き手を魅了させる、一種の清涼感を感じさせる作品となっています。
驚くべきは彼は90年代生まれで80'sは後追いということですが、彼の素晴らしい部分は80'sリスペクトなサウンドに現代風のリズムトラックとかフレーズを混在させて純度を失わせることをしないことです。どうしても現在のシティポップフォロワー達は現代風のサウンドで新しいサウンドを主張したい傾向にあるようですが、それは完成度の高い80'sサウンドを時にはぼやかしてしまう恐れもあります。Jerry Galeriesは徹底してミドル&レイト80'sを追求したサウンドに挑戦しており、2019年にはシングル「Tonight(邦題:今晩)」で直球の80'ブギーでその健在ぶりを見せつけており、次作への期待は膨らむばかりです。
<Favorite Songs>
・「Cup Noodles」
のっけからのサビから明らかに「Lucky Lady Feel So Good」な暑苦しい角松歌唱でスタートするデジタルファンクチューン。Aメロのセリフカットアップを乗せたコードワーク、Bメロでは女性コーラスの入れ方、間奏の青木智仁風ベースソロなど、どこを切り取ってもあの時代の角松サウンドとしか言いようがありません。クセの強いヴォーカルスタイルまでフォローするリスペクトぶりに脱帽です。
・「Rat Race City」
リズムトラックからねちっこいシンセリフで全てを持っていく80'sブギーポップ。Aメロ前のキメのフレーズがあからさまな「Lucky Lady〜」で既に面白いです。86年頃の角松の時代にマッチした熱さ、そしてオーバーヒートした暑苦しさを見事に表現しきったサウンドメイクが嬉しいです。
・「It’s A Devil’s Game」
こちらは確実にJADOESリスペクトなエレクトリカルミディアムチューン。メタリック感満載のFMピアノに緻密なシーケンスに絡み合いの心地よさは半端ではありません。ボコーダー気味なコーラスが美味なサビが明らかにJADOESの名バラード「部屋」ですが、このようなあからさまな引用も微笑ましくすらあります。なぜなら単純に良いサウンドとメロディの絡み合いだからです。
<評点>
・サウンド ★★★★ (角松サウンドを研究し尽くした努力が垣間見える)
・メロディ ★★★★ (オマージュといえども美メロ構築はハイセンス)
・リズム ★★★★ (80'sマナーを熟知したスネアドラムが素晴らしい)
・曲構成 ★★★ (ファンクチューンとバラードのバランスも絶妙)
・個性 ★★ (流石に余りにも角松に寄りすぎた感も否めない)
総合評点: 8点
「mother of pearl」 鈴木雅之
「mother of pearl」(1986 エピックソニー)
鈴木雅之:vocal

1.「ふたりの焦燥」 詞:竹花いち子 曲・編:ホッピー神山
2.「別の夜へ〜Let’s go」 詞:柳川英巳 曲:岡村靖幸 編:ホッピー神山
3.「ガラス越しに消えた夏」 詞:松本一起 曲:大沢誉志幸 編:ホッピー神山
4.「輝きと呼べなくて」 詞:柳川英巳 曲:鈴木雅之・大沢誉志幸 編:ホッピー神山
5.「メランコリーな欲望」 詞・曲:大沢誉志幸 編:ホッピー神山
6.「今夜だけひとりになれない」 詞:柳川英巳 曲:久保田利伸 編:有賀啓雄
7.「ときめくままに」 詞:松本一起 曲:久保田利伸 編:有賀啓雄
8.「One more love tonight」 詞・曲:中島文明 編:有賀啓雄・藤井丈司
9.「Just Feelin’ Groove」 詞:柳川英巳 曲:大沢誉志幸 編:大沢誉志幸・藤井丈司
10.「追想」 詞:柳川英巳 曲:鈴木雅之 編:有賀啓雄
<support musician>
窪田晴男:guitars
柴山和彦:guitars
高山一也:guitars
布袋寅泰:guitars
有賀啓雄:bass
荻原基文:bass
古田たかし:drums
矢壁アツノブ:drums
小林武史:keyboards
竹田元:keyboards
ホッピー神山:keyboards
矢代恒彦:keyboards
矢口博康:sax
広瀬由美子ストリングス:strings
藤井丈司:computer programming
noise media:computer programming
produced by 大沢誉志幸
engineered by 坂元達也
● ブラックコンテンポラリーなイメージを一新してアヴァンギャルドなデジタルファンクにも挑戦した野心溢れる1stソロアルバム
言わずと知れた”マーチン”こと元シャネルズ、ラッツ&スターのメインヴォーカリスト鈴木雅之。黒塗り&タキシードというインパクトの強いヴィジュアルで、ドゥーワップを中心としたブラックミュージックを世間に浸透させた画期的グループとして、80年代前半は「ランナウェイ」「街角トワイライト」「め組の人」とヒット曲を連発しました。その後80年代も中盤に差し掛かると、メンバーの個人活動が活発となり同グループは活動休止し、メインヴォーカルの鈴木雅之は当然のことながらその歌唱力を買われる形で、ソロデビューを果たすことになります。しかし当時はやはり黒塗りのイメージが強かったこともあり、直球のブラックミュージックに対する志向から変化を見せつけたいとの方針から、まずは「そして僕は途方にくれる」で大ヒットを飛ばした大沢誉志幸をプロデューサーに迎え、1986年「そして〜」と同じカップラーメンのCMソング「ガラス越しに消えた夏」でデビュー、「そして〜」の続編的な幻想的なバラードソングは当然のことながらスマッシュヒットとなり、順風満帆の船出で同年大沢プロデュースのもと、1stソロアルバムがリリースされることになります。
86年あたりの大沢誉志幸といえば当時の彼の作品群からもわかりますように、PINKのホッピー神山を迎えたデジタルファンク全盛期。というわけで当然本作でも鈴木本人の志向とは裏腹に1曲目「ふたりの焦燥」からPINK色全開の疾走デジファンクが炸裂します。デビュー前の岡村靖幸を作曲に迎えた「別の夜へ」、布袋寅泰参加の大ヒットシングル「ガラス越しに消えた夏」、いわゆるA面(前半)の5曲目である変態キテレツファンクの「メランコリーの欲望」までホッピー神山のアレンジが続きますが、ここまでは完全に冒険的なサウンドメイクで圧倒されるアヴァンギャルドサイドです。かたやB面(後半)に入ると、こちらは原田真二&クライシスで名を馳せた有賀啓雄アレンジが続きます。こちらでは比較的ポップな肌触りで、こちらもデビュー直前の久保田利伸を作曲家として2曲に起用するなど、後年のビッグアーティストの博覧会の様相を呈しています。久保田作曲の「ときめくままに」ではこれもイメージを覆す爽やかな空気が漂うまっさらなポップチューンを歌い上げていますが、ポップな有賀アレンジにしてもプログラマー藤井丈司と組んだ「One more love tonight」では、ホッピーサウンドに負けずとも劣らないデジファンクで前衛性を露わにしています。本作でやっと鈴木の志向が反映されるのが9曲目のアカペラ「Just Feelin’ Groove」で、ここでやっと自分の得意なフィールドの中で伸び伸びと歌い上げることに専念できています。既に実績を積み重ねたヴォーカリストである鈴木にとっては、なんとも野心的で気の抜けないチャレンジングな作品ではありますが、このバラエティ豊富な楽曲の数々は、彼のパブリックイメージを見事に覆すと共にヴォーカリストとしての可能性を広げることに成功したと言えるのではないでしょうか。次作以降は自身のルーツに忠実な楽曲に落ち着いていきますが、若かりし頃、そして80年代だからこそできるチャレンジをここで積み上げたことは、現在も第一線で活躍する鈴木雅之にとって貴重な経験であったのではないかと思います。
<Favorite Songs>
・「ふたりの焦燥」
疾走感のあるビートが攻撃的なデジタルファンクチューン。ベースは岡野ハジメではなく荻原基文ことMECKENですが、矢壁アツノブの繰り出すビートにキレのあるスラップで応戦しています。そして当然そこには直線的でシャープなホッピー神山のシンセが絡んでいきます。もはや歌だけがマーチンで他はPINKそのものです。
・「ガラス越しに消えた夏」
CMタイアップソングとして大ヒットした珠玉のバラードソング。深いリバーブがかかった幻想的なサウンドデザイン、その白玉シンセの美しさはPINKの名バラード「人体星月夜II」を彷彿とさせます。そこに矢口博康サックスと布袋寅泰のギターが絡む、ブラックテイストを微塵も感じさせないファンタジックワールドです。
・「メランコリーな欲望」
アヴァンギャルドなサックスフレーズが炸裂する変態ファンクチューン。ギミック満載のフレーズ構成、ゲートリバーブが施されたタムドラムはガンガン乱れ打ち、ヴォーカルは完全に大沢そのもの。鈴木雅之のイメージを完全に覆す
<評点>
・サウンド ★★★★ (完全にデジファンクに持ち込んだ過激サウンドの応酬)
・メロディ ★★★ (大沢・岡村・久保田と稀代の作曲家の稀な共演)
・リズム ★★★★ (矢壁&古田の80's特有のビシバシドラムが炸裂)
・曲構成 ★★ (息抜きの楽曲も入れてしまい軸がぶれた感も)
・個性 ★★ (鈴木雅之の実績を考えるとオーバープロデュース気味か)
総合評点: 8点
鈴木雅之:vocal

1.「ふたりの焦燥」 詞:竹花いち子 曲・編:ホッピー神山
2.「別の夜へ〜Let’s go」 詞:柳川英巳 曲:岡村靖幸 編:ホッピー神山
3.「ガラス越しに消えた夏」 詞:松本一起 曲:大沢誉志幸 編:ホッピー神山
4.「輝きと呼べなくて」 詞:柳川英巳 曲:鈴木雅之・大沢誉志幸 編:ホッピー神山
5.「メランコリーな欲望」 詞・曲:大沢誉志幸 編:ホッピー神山
6.「今夜だけひとりになれない」 詞:柳川英巳 曲:久保田利伸 編:有賀啓雄
7.「ときめくままに」 詞:松本一起 曲:久保田利伸 編:有賀啓雄
8.「One more love tonight」 詞・曲:中島文明 編:有賀啓雄・藤井丈司
9.「Just Feelin’ Groove」 詞:柳川英巳 曲:大沢誉志幸 編:大沢誉志幸・藤井丈司
10.「追想」 詞:柳川英巳 曲:鈴木雅之 編:有賀啓雄
<support musician>
窪田晴男:guitars
柴山和彦:guitars
高山一也:guitars
布袋寅泰:guitars
有賀啓雄:bass
荻原基文:bass
古田たかし:drums
矢壁アツノブ:drums
小林武史:keyboards
竹田元:keyboards
ホッピー神山:keyboards
矢代恒彦:keyboards
矢口博康:sax
広瀬由美子ストリングス:strings
藤井丈司:computer programming
noise media:computer programming
produced by 大沢誉志幸
engineered by 坂元達也
● ブラックコンテンポラリーなイメージを一新してアヴァンギャルドなデジタルファンクにも挑戦した野心溢れる1stソロアルバム
言わずと知れた”マーチン”こと元シャネルズ、ラッツ&スターのメインヴォーカリスト鈴木雅之。黒塗り&タキシードというインパクトの強いヴィジュアルで、ドゥーワップを中心としたブラックミュージックを世間に浸透させた画期的グループとして、80年代前半は「ランナウェイ」「街角トワイライト」「め組の人」とヒット曲を連発しました。その後80年代も中盤に差し掛かると、メンバーの個人活動が活発となり同グループは活動休止し、メインヴォーカルの鈴木雅之は当然のことながらその歌唱力を買われる形で、ソロデビューを果たすことになります。しかし当時はやはり黒塗りのイメージが強かったこともあり、直球のブラックミュージックに対する志向から変化を見せつけたいとの方針から、まずは「そして僕は途方にくれる」で大ヒットを飛ばした大沢誉志幸をプロデューサーに迎え、1986年「そして〜」と同じカップラーメンのCMソング「ガラス越しに消えた夏」でデビュー、「そして〜」の続編的な幻想的なバラードソングは当然のことながらスマッシュヒットとなり、順風満帆の船出で同年大沢プロデュースのもと、1stソロアルバムがリリースされることになります。
86年あたりの大沢誉志幸といえば当時の彼の作品群からもわかりますように、PINKのホッピー神山を迎えたデジタルファンク全盛期。というわけで当然本作でも鈴木本人の志向とは裏腹に1曲目「ふたりの焦燥」からPINK色全開の疾走デジファンクが炸裂します。デビュー前の岡村靖幸を作曲に迎えた「別の夜へ」、布袋寅泰参加の大ヒットシングル「ガラス越しに消えた夏」、いわゆるA面(前半)の5曲目である変態キテレツファンクの「メランコリーの欲望」までホッピー神山のアレンジが続きますが、ここまでは完全に冒険的なサウンドメイクで圧倒されるアヴァンギャルドサイドです。かたやB面(後半)に入ると、こちらは原田真二&クライシスで名を馳せた有賀啓雄アレンジが続きます。こちらでは比較的ポップな肌触りで、こちらもデビュー直前の久保田利伸を作曲家として2曲に起用するなど、後年のビッグアーティストの博覧会の様相を呈しています。久保田作曲の「ときめくままに」ではこれもイメージを覆す爽やかな空気が漂うまっさらなポップチューンを歌い上げていますが、ポップな有賀アレンジにしてもプログラマー藤井丈司と組んだ「One more love tonight」では、ホッピーサウンドに負けずとも劣らないデジファンクで前衛性を露わにしています。本作でやっと鈴木の志向が反映されるのが9曲目のアカペラ「Just Feelin’ Groove」で、ここでやっと自分の得意なフィールドの中で伸び伸びと歌い上げることに専念できています。既に実績を積み重ねたヴォーカリストである鈴木にとっては、なんとも野心的で気の抜けないチャレンジングな作品ではありますが、このバラエティ豊富な楽曲の数々は、彼のパブリックイメージを見事に覆すと共にヴォーカリストとしての可能性を広げることに成功したと言えるのではないでしょうか。次作以降は自身のルーツに忠実な楽曲に落ち着いていきますが、若かりし頃、そして80年代だからこそできるチャレンジをここで積み上げたことは、現在も第一線で活躍する鈴木雅之にとって貴重な経験であったのではないかと思います。
<Favorite Songs>
・「ふたりの焦燥」
疾走感のあるビートが攻撃的なデジタルファンクチューン。ベースは岡野ハジメではなく荻原基文ことMECKENですが、矢壁アツノブの繰り出すビートにキレのあるスラップで応戦しています。そして当然そこには直線的でシャープなホッピー神山のシンセが絡んでいきます。もはや歌だけがマーチンで他はPINKそのものです。
・「ガラス越しに消えた夏」
CMタイアップソングとして大ヒットした珠玉のバラードソング。深いリバーブがかかった幻想的なサウンドデザイン、その白玉シンセの美しさはPINKの名バラード「人体星月夜II」を彷彿とさせます。そこに矢口博康サックスと布袋寅泰のギターが絡む、ブラックテイストを微塵も感じさせないファンタジックワールドです。
・「メランコリーな欲望」
アヴァンギャルドなサックスフレーズが炸裂する変態ファンクチューン。ギミック満載のフレーズ構成、ゲートリバーブが施されたタムドラムはガンガン乱れ打ち、ヴォーカルは完全に大沢そのもの。鈴木雅之のイメージを完全に覆す
<評点>
・サウンド ★★★★ (完全にデジファンクに持ち込んだ過激サウンドの応酬)
・メロディ ★★★ (大沢・岡村・久保田と稀代の作曲家の稀な共演)
・リズム ★★★★ (矢壁&古田の80's特有のビシバシドラムが炸裂)
・曲構成 ★★ (息抜きの楽曲も入れてしまい軸がぶれた感も)
・個性 ★★ (鈴木雅之の実績を考えるとオーバープロデュース気味か)
総合評点: 8点
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