「PiPi ZAZOU」 METRO FARCE
「PiPi ZAZOU」(1984 日本コロムビア)
METRO FARCE

<members>
伊藤与太郎:vocals・keyboards
光永巌:guitars・vocals
鈴木”バカボン”正之:bass・stick・vocals
岩瀬”チャバネ”雅彦:drums
小滝満:keyboards
1.「サカモギ・ソング」 詞・曲:伊藤与太郎 編:METRO FARCE
2.「TRACE AGAIN」 詞:伊藤与太郎 曲・編:METRO FARCE
3.「Livin’ in the parties dream」 詞:伊藤与太郎 曲:光永巌 編:METRO FARCE
4.「NAVIGATOR」 詞:伊藤与太郎 曲:光永巌 編:METRO FARCE
5.「BEATING DRUM」 詞:伊藤与太郎 曲・編:METRO FARCE
6.「消息不明の子供達」 詞・曲:伊藤与太郎 編:METRO FARCE
7.「なしくずしオペラ」 詞・曲:伊藤与太郎 編:METRO FARCE
8.「Jeune Fille(ジュネ・フィユ)」 詞・曲:伊藤与太郎 編:METRO FARCE
9.「MISTRAL」 詞:伊藤与太郎 曲:光永巌 編:METRO FARCE
<support musician>
中原幸雄:sax
矢口博康:clarinet
美尾洋乃:violin
渡辺等:cello
produced by METRO FARCE
engineered by 時枝一博
● 難解なサウンドの端々にニューウェーブの香りを充満させながら個性的な歌の訴求力で攻めるカリスマバンドのメジャー1stアルバム
80年代ニューウェーブ全盛期からその活動を開始し、メンバーチェンジを幾度も繰り返しながら21世紀に至るまで地道ながら存在感を光らせて活動してきた長寿バンドのMETRO FARCE(メトロファルス)。そのフロントマンである伊藤ヨタロウは現在も音楽界と演劇界で強烈な個性を放ち続けているわけですが、彼が最も眩い光を放っていたのはやはりメトロファルスのヴォーカルとしてステージに立っていた頃ではないでしょうか。古くからMOON RIDERS周辺で活動していた彼らがEPレコードをリリースしたのは1982年の「SAKAMOGI SONG」。当然70年代末から80年代にかけてのニューウェーブムーブメントを通過しているため、出てくるサウンドはまさにその時代特有のものでしたが、ルックスも幅の広さを感じる声質も個性的なヴォーカル、伊藤与太郎と僧侶ベースとして異色の存在が認められた鈴木正之(後にバカボン鈴木に改名)や一足先にシネマのキーボードとしてデビュー済みであった小滝満らのパフォーマンスの甲斐あって、83年には自主制作により1stアルバム「バリザンボー」をリリース、そしてそのままメジャーデビューを果たし、本作を片手にメジャーシーンに殴り込みをかけることになります。
彼らのサウンドの醍醐味は土着的な無国籍観というべき独特の世界をニューウェーブ特有の多彩な音処理でカラフルに表現しているといったところでしょうか。長年の伊藤の相棒である光永巌のいかにもニューウェーブな奇妙なフレーズ感覚を中心にサウンドは組み立てられていますが、これは七色ボイスと謳われた伊藤の変化の激しい歌唱に個性に肩を並べるには、サウンド面でもノーマルではいられないということなのだと思われます。そこで1984年の本作で施されているのは深いリバーブがかけられ多彩な効果が試されたシンセワークと、アタック感と残響感が強調されたカラフルな表情を見せるドラムサウンドです。特にドラムのスネアのローファイ感漂うエフェクティブな音色には違和感すら感じるほどで、それは生ドラムにせよ電子ドラムにせよ時代の音という言葉では片付けられない程の鈍い個性を放っています。ドラムは80年代末から90年代初頭にかけてエフラックスレコードを設立してきどりっこやタイツといった個性派グループを世に送り出した岩瀬雅彦ですが、岩瀬のテクニックもさることながらこの多彩で凝り性を感じる音づくりは興味深い発見でもあり、このビート重視のサウンドメイクが本作の最大の特徴と言ってもよいかもしれません。
本来のこのバンドの個性はその物語性というかコンセプチュアルな作風になると思うのですが、それは80年代後期からのお江戸路線が見え隠れするところから徐々に顕在化してくるわけで、本作ではまだその片鱗は「Jeune Fille」に感じられるところまでとなっています。本作では彼らの物語はまだまだ始まったばかりで、その後すぐにメジャーとインディーズを行ったり来たりしつつも、各メンバーの個々の活躍を還元しながら、伊藤ヨタロウという稀代のパフォーマによって孤高の存在へと導かれていくのです。
<Favorite Songs>
・「サカモギ・ソング」
記念すべき2年前の1stシングルのリアレンジ。土着的なスカビートも軽やかですが、いなたさと不思議テイスト漂うギターやシンセ、そしてアタック感とロングリバーブを併用するドラムの活躍が光ります。
・「Livin’ in the parties dream」
金属的なギターとコクの深いベースフレーズが引っ張るこれぞニューウェーブの醍醐味が味わえるミディアムチューン。次はシモンズドラムが大活躍で、このチープな電子音で合わせるかのような音数の少ないシンセの入れ方もセンスを感じます。このクールな質感と自由奔放に動き回るヴォーカルのコントラストが魅力です。
・「BEATING DRUM」
タイトル負けしない緻密に構築されたリズムワークがシャープなプログレッシブソング。音の長さを短く切ることでキレを感じるドラムのサウンドメイクと複雑なフレーズに追随するベーステクニック、とにかくこの楽曲はリズム隊が熱いです。
<評点>
・サウンド ★★ (想像以上にシンセのフレーズの入れ方は多彩)
・メロディ ★ (メロディいうよりヴォーカルの訴求力が強過ぎる)
・リズム ★★★★ (キレ良しコク良しの多彩な音づくりが目立つ)
・曲構成 ★ (バラードソングの長さにさえ慣れれば・・)
・個性 ★★ (まだまだその個性はニューウェーブの枠を出ず)
総合評点: 7点
METRO FARCE

<members>
伊藤与太郎:vocals・keyboards
光永巌:guitars・vocals
鈴木”バカボン”正之:bass・stick・vocals
岩瀬”チャバネ”雅彦:drums
小滝満:keyboards
1.「サカモギ・ソング」 詞・曲:伊藤与太郎 編:METRO FARCE
2.「TRACE AGAIN」 詞:伊藤与太郎 曲・編:METRO FARCE
3.「Livin’ in the parties dream」 詞:伊藤与太郎 曲:光永巌 編:METRO FARCE
4.「NAVIGATOR」 詞:伊藤与太郎 曲:光永巌 編:METRO FARCE
5.「BEATING DRUM」 詞:伊藤与太郎 曲・編:METRO FARCE
6.「消息不明の子供達」 詞・曲:伊藤与太郎 編:METRO FARCE
7.「なしくずしオペラ」 詞・曲:伊藤与太郎 編:METRO FARCE
8.「Jeune Fille(ジュネ・フィユ)」 詞・曲:伊藤与太郎 編:METRO FARCE
9.「MISTRAL」 詞:伊藤与太郎 曲:光永巌 編:METRO FARCE
<support musician>
中原幸雄:sax
矢口博康:clarinet
美尾洋乃:violin
渡辺等:cello
produced by METRO FARCE
engineered by 時枝一博
● 難解なサウンドの端々にニューウェーブの香りを充満させながら個性的な歌の訴求力で攻めるカリスマバンドのメジャー1stアルバム
80年代ニューウェーブ全盛期からその活動を開始し、メンバーチェンジを幾度も繰り返しながら21世紀に至るまで地道ながら存在感を光らせて活動してきた長寿バンドのMETRO FARCE(メトロファルス)。そのフロントマンである伊藤ヨタロウは現在も音楽界と演劇界で強烈な個性を放ち続けているわけですが、彼が最も眩い光を放っていたのはやはりメトロファルスのヴォーカルとしてステージに立っていた頃ではないでしょうか。古くからMOON RIDERS周辺で活動していた彼らがEPレコードをリリースしたのは1982年の「SAKAMOGI SONG」。当然70年代末から80年代にかけてのニューウェーブムーブメントを通過しているため、出てくるサウンドはまさにその時代特有のものでしたが、ルックスも幅の広さを感じる声質も個性的なヴォーカル、伊藤与太郎と僧侶ベースとして異色の存在が認められた鈴木正之(後にバカボン鈴木に改名)や一足先にシネマのキーボードとしてデビュー済みであった小滝満らのパフォーマンスの甲斐あって、83年には自主制作により1stアルバム「バリザンボー」をリリース、そしてそのままメジャーデビューを果たし、本作を片手にメジャーシーンに殴り込みをかけることになります。
彼らのサウンドの醍醐味は土着的な無国籍観というべき独特の世界をニューウェーブ特有の多彩な音処理でカラフルに表現しているといったところでしょうか。長年の伊藤の相棒である光永巌のいかにもニューウェーブな奇妙なフレーズ感覚を中心にサウンドは組み立てられていますが、これは七色ボイスと謳われた伊藤の変化の激しい歌唱に個性に肩を並べるには、サウンド面でもノーマルではいられないということなのだと思われます。そこで1984年の本作で施されているのは深いリバーブがかけられ多彩な効果が試されたシンセワークと、アタック感と残響感が強調されたカラフルな表情を見せるドラムサウンドです。特にドラムのスネアのローファイ感漂うエフェクティブな音色には違和感すら感じるほどで、それは生ドラムにせよ電子ドラムにせよ時代の音という言葉では片付けられない程の鈍い個性を放っています。ドラムは80年代末から90年代初頭にかけてエフラックスレコードを設立してきどりっこやタイツといった個性派グループを世に送り出した岩瀬雅彦ですが、岩瀬のテクニックもさることながらこの多彩で凝り性を感じる音づくりは興味深い発見でもあり、このビート重視のサウンドメイクが本作の最大の特徴と言ってもよいかもしれません。
本来のこのバンドの個性はその物語性というかコンセプチュアルな作風になると思うのですが、それは80年代後期からのお江戸路線が見え隠れするところから徐々に顕在化してくるわけで、本作ではまだその片鱗は「Jeune Fille」に感じられるところまでとなっています。本作では彼らの物語はまだまだ始まったばかりで、その後すぐにメジャーとインディーズを行ったり来たりしつつも、各メンバーの個々の活躍を還元しながら、伊藤ヨタロウという稀代のパフォーマによって孤高の存在へと導かれていくのです。
<Favorite Songs>
・「サカモギ・ソング」
記念すべき2年前の1stシングルのリアレンジ。土着的なスカビートも軽やかですが、いなたさと不思議テイスト漂うギターやシンセ、そしてアタック感とロングリバーブを併用するドラムの活躍が光ります。
・「Livin’ in the parties dream」
金属的なギターとコクの深いベースフレーズが引っ張るこれぞニューウェーブの醍醐味が味わえるミディアムチューン。次はシモンズドラムが大活躍で、このチープな電子音で合わせるかのような音数の少ないシンセの入れ方もセンスを感じます。このクールな質感と自由奔放に動き回るヴォーカルのコントラストが魅力です。
・「BEATING DRUM」
タイトル負けしない緻密に構築されたリズムワークがシャープなプログレッシブソング。音の長さを短く切ることでキレを感じるドラムのサウンドメイクと複雑なフレーズに追随するベーステクニック、とにかくこの楽曲はリズム隊が熱いです。
<評点>
・サウンド ★★ (想像以上にシンセのフレーズの入れ方は多彩)
・メロディ ★ (メロディいうよりヴォーカルの訴求力が強過ぎる)
・リズム ★★★★ (キレ良しコク良しの多彩な音づくりが目立つ)
・曲構成 ★ (バラードソングの長さにさえ慣れれば・・)
・個性 ★★ (まだまだその個性はニューウェーブの枠を出ず)
総合評点: 7点
「BLUE LIMBO」 平沢進
「BLUE LIMBO」 (2003 ケイオスユニオン)
平沢進:vocals・all instruments

1.「祖父なる風」 詞・曲・編:平沢進
2.「RIDE THE BLUE LIMBO」 詞・曲・編:平沢進
3.「ツオルコフスキー・クレーターの無口な門」 詞・曲・編:平沢進
4.「CAMBODIAN LIMBO」 詞・曲・編:平沢進
5.「帆船108」 詞・曲・編:平沢進
6.「狙撃手」 詞・曲・編:平沢進
7.「LIMBO-54」 曲・編:平沢進
8.「HALO」 詞・曲・編:平沢進
9.「高貴な城」 詞・曲・編:平沢進
10.「サトワン暦8869年」 詞・曲・編:平沢進
produced by 平沢進
engineered by 鎮西正憲
● アジアから脱却し得意のSF的世界観をエレクトリックかつシンフォニックに彩るディストピア3部作の先陣を切るコンセプトアルバム
2000年のアルバム「賢者のプロペラ」以降エネルギー問題に目覚めた平沢進は、音楽制作に必要な電気エネルギーを全て太陽発電で補うプロジェクト「Hirasawa Energy Works」に取り組み、アルバム制作や野外ライブ等相変わらずの独創性溢れる活動でその健在振りをアピール、アニメーション「千年女優」のサウンドトラックも手掛けるなどソロ活動以外のプロジェクトも多忙となり、以後ソロアルバムのリリースは3年ごとのペースを保っていくことになります。2003年リリースの本作はこのサイクルとなって初めての作品となりますが、平沢ソロアルバムのもう1つの興味深いサイクル、初期3部作(「時空の水」〜「Virtual Rabbit」)→インターバル作(「Aurora」)→ASEAN3部作(「Sim City」〜「救済の技法」)→インターバル作(「賢者のプロペラ」)・・に続く3度目の3部作であるディストピア3部作と呼ばれる1枚目に位置する本作は、イラク戦争の影響等いろいろと側面的に語られる部分は多いのですが、ただ単純にお得意のSF観全開の壮大な惑星絵巻のスタートを飾るに相応しい、細部にコンセプトとサウンドが作り込まれた作品として語る方が楽しい作品と言えるのではないでしょうか。
静謐な印象とヒーリング効果豊かなサウンドが目立った前作と比較すると、本作は粒立ちの良い電子音をベースとした壮大な電脳世界観が戻ってきた感があります。特に本作の際立つ特徴としてトリッキーなギターの復権があります。タイトルチューン「RIDE THE BLUE LIMBO」や「サトワン暦8869年」では切り貼りギターを継ぎはぎしたサイボーグ感覚を楽しめますし、「CAMBODIAN LIMBO」や「LIMBO-54」のエフェクトを駆使した美しいギターサウンド処理は本作のハイライトの1つと言えます。エレクトロに回帰したとは言ってもゆったりテンポのヒーリング空間はしっかり前作を引き継いでいるわけですが、そこはコンセプチュアルな世界観に基づく緻密なサウンドメイクが際立っており、オーケストレーションやハープ、コーラスボイスを平沢サウンドを熟知している鎮西正憲ミックスで料理したサウンドデザインは芸術の域と言えるでしょう。サウンド手法としてはもはや円熟の域に達した平沢ですが、実はアルバムごとに新しいアプローチに挑戦しているため、その微妙な音づくりを改めて再確認することも彼の音楽の楽しみ方の1つでもあるわけですが、本作もその期待に応えられる平均値の高い作品というわけです。そして還暦を超える現在にあっても変わらず一定のレベルの作品を産み出し続けることにこそ、彼の偉大さを感じさせるのです。
<Favorite Songs>
・「RIDE THE BLUE LIMBO」
本作の特徴ともいえる奇天烈フレーズ切り貼りギターが炸裂するタイトルチューン。しかし楽曲全体の印象はどこかしら牧歌的でメジャー調のストリングスと開放的なメロディラインのヒーリングソングの傾向が強いです。
・「帆船108」
突き刺すようなシンセリフとコクのある電子音を中心とした平沢お得意のわらべ歌調ミディアムチューン。ディレイで増幅されたこのシンセリフの存在感が素晴らしく、ソロでも鮮烈な印象を残してくれます。
・「サトワン暦8869年」
本作のラストを飾る含蓄溢れるヒーリングバラード。ギターフレーズを解体してアルペジオ化したような不思議リフに音圧のしつこい低音平沢ボイスの濃い味が魅力です。
<評点>
・サウンド ★★★ (音の傾向が前作より光の差す方向に転換したかのよう)
・メロディ ★★ (ユルいメロディも多いがどれも親しみやすいもの)
・リズム ★ (既にトリッキーなリズムに頼らない音楽性に移行)
・曲構成 ★★ (コンセプト作品ということもあり緩急自在)
・個性 ★★ (ここから10年近い3部作のスタートを切る安定性)
総合評点: 7点
平沢進:vocals・all instruments

1.「祖父なる風」 詞・曲・編:平沢進
2.「RIDE THE BLUE LIMBO」 詞・曲・編:平沢進
3.「ツオルコフスキー・クレーターの無口な門」 詞・曲・編:平沢進
4.「CAMBODIAN LIMBO」 詞・曲・編:平沢進
5.「帆船108」 詞・曲・編:平沢進
6.「狙撃手」 詞・曲・編:平沢進
7.「LIMBO-54」 曲・編:平沢進
8.「HALO」 詞・曲・編:平沢進
9.「高貴な城」 詞・曲・編:平沢進
10.「サトワン暦8869年」 詞・曲・編:平沢進
produced by 平沢進
engineered by 鎮西正憲
● アジアから脱却し得意のSF的世界観をエレクトリックかつシンフォニックに彩るディストピア3部作の先陣を切るコンセプトアルバム
2000年のアルバム「賢者のプロペラ」以降エネルギー問題に目覚めた平沢進は、音楽制作に必要な電気エネルギーを全て太陽発電で補うプロジェクト「Hirasawa Energy Works」に取り組み、アルバム制作や野外ライブ等相変わらずの独創性溢れる活動でその健在振りをアピール、アニメーション「千年女優」のサウンドトラックも手掛けるなどソロ活動以外のプロジェクトも多忙となり、以後ソロアルバムのリリースは3年ごとのペースを保っていくことになります。2003年リリースの本作はこのサイクルとなって初めての作品となりますが、平沢ソロアルバムのもう1つの興味深いサイクル、初期3部作(「時空の水」〜「Virtual Rabbit」)→インターバル作(「Aurora」)→ASEAN3部作(「Sim City」〜「救済の技法」)→インターバル作(「賢者のプロペラ」)・・に続く3度目の3部作であるディストピア3部作と呼ばれる1枚目に位置する本作は、イラク戦争の影響等いろいろと側面的に語られる部分は多いのですが、ただ単純にお得意のSF観全開の壮大な惑星絵巻のスタートを飾るに相応しい、細部にコンセプトとサウンドが作り込まれた作品として語る方が楽しい作品と言えるのではないでしょうか。
静謐な印象とヒーリング効果豊かなサウンドが目立った前作と比較すると、本作は粒立ちの良い電子音をベースとした壮大な電脳世界観が戻ってきた感があります。特に本作の際立つ特徴としてトリッキーなギターの復権があります。タイトルチューン「RIDE THE BLUE LIMBO」や「サトワン暦8869年」では切り貼りギターを継ぎはぎしたサイボーグ感覚を楽しめますし、「CAMBODIAN LIMBO」や「LIMBO-54」のエフェクトを駆使した美しいギターサウンド処理は本作のハイライトの1つと言えます。エレクトロに回帰したとは言ってもゆったりテンポのヒーリング空間はしっかり前作を引き継いでいるわけですが、そこはコンセプチュアルな世界観に基づく緻密なサウンドメイクが際立っており、オーケストレーションやハープ、コーラスボイスを平沢サウンドを熟知している鎮西正憲ミックスで料理したサウンドデザインは芸術の域と言えるでしょう。サウンド手法としてはもはや円熟の域に達した平沢ですが、実はアルバムごとに新しいアプローチに挑戦しているため、その微妙な音づくりを改めて再確認することも彼の音楽の楽しみ方の1つでもあるわけですが、本作もその期待に応えられる平均値の高い作品というわけです。そして還暦を超える現在にあっても変わらず一定のレベルの作品を産み出し続けることにこそ、彼の偉大さを感じさせるのです。
<Favorite Songs>
・「RIDE THE BLUE LIMBO」
本作の特徴ともいえる奇天烈フレーズ切り貼りギターが炸裂するタイトルチューン。しかし楽曲全体の印象はどこかしら牧歌的でメジャー調のストリングスと開放的なメロディラインのヒーリングソングの傾向が強いです。
・「帆船108」
突き刺すようなシンセリフとコクのある電子音を中心とした平沢お得意のわらべ歌調ミディアムチューン。ディレイで増幅されたこのシンセリフの存在感が素晴らしく、ソロでも鮮烈な印象を残してくれます。
・「サトワン暦8869年」
本作のラストを飾る含蓄溢れるヒーリングバラード。ギターフレーズを解体してアルペジオ化したような不思議リフに音圧のしつこい低音平沢ボイスの濃い味が魅力です。
<評点>
・サウンド ★★★ (音の傾向が前作より光の差す方向に転換したかのよう)
・メロディ ★★ (ユルいメロディも多いがどれも親しみやすいもの)
・リズム ★ (既にトリッキーなリズムに頼らない音楽性に移行)
・曲構成 ★★ (コンセプト作品ということもあり緩急自在)
・個性 ★★ (ここから10年近い3部作のスタートを切る安定性)
総合評点: 7点
「AVEC」 大江千里
「AVEC」(1986 エピックソニー)
大江千里:vocal・piano

1.「きみと生きたい」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
2.「コインローファーはえらばない」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
3.「17℃」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
4.「マリアじゃない」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
5.「去りゆく青春」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
6.「長距離走者の孤独」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
7.「本降りになったら」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
8.「ゆめみるモダンクリスマス」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
9.「BOY MEETS GIRL」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
10.「AVEC」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
<support musician>
渡辺美里:vocal・background vocals
松原正樹:guitar
伊藤広規:bass
高水健司:bass
青山純:drums
島村英二:drums
山木秀夫:drums
大村雅朗:keyboards
富樫春生:keyboards
西本明:keyboards
小室哲哉:synthesizer
斎藤ノブ:percussions
八木のぶお:harmonica
JOEストリングス:strings
溝口肇:cello
EPO:background vocals
中野豊:background vocals
Freddy Makio:background vocals
浦田恵司:computer programming
迫田到:computer programming
松武秀樹:computer programming
produced by 大江千里
engineered by 伊東俊郎
● どこまでも内省的!枯れてゆく心の痛みを叙情的に救い出し大人の階段を駆け上ったターニングポイント的初セルフプロデュース作
「未成年」「乳房」の2枚のアルバムによって一気にブレイクを果たした大江千里の1985年は、その充実した活動と引き換えにプロモーションやライブに多忙を極め、彼は心身共に疲弊を来すこととなり一旦充電期間としてロサンゼルスに渡ります。過去にも米国から帰国したミュージシャンが一皮むけて帰ってくるというパターンは多々ありますが、彼にとってはそれが音楽面というよりはむしろ人生観が変わることになり、帰国後制作された本作は初のセルフプロデュースによる生々しい感情と寂寥感が入り混じった何とも内省的な作品に仕上げてきました。そもそも彼の音楽性には「未成年」収録の「♮(ナチュラル)」のどこか鬱屈した闇のようなものが常につきまとっており、「乳房」に収録された天性のポップセンスが詰まった楽曲の中にも、人生の暗部を垣間見せる部分を隠していることが気になっていたのですが、本作ではその傾向を曝け出して本来の自分を精神的に開放させることで、結果的に音楽性の新境地に辿り着いたのではないでしょうか。そういう意味では彼にとっての転換期となる非常に重要な作品と言えると思われます。
本作のサウンド面の最大の特徴といえば、もちろんアレンジャーがこれまでの大江千里サウンドを全面的に支えてきた清水信之から、先進的なサウンドの導入にも貪欲であった80年代の代表的なアレンジャーであった大村雅朗に交代したことでしょう。しかし初期大沢誉志幸や吉川晃司等への過激な打ち込みサウンドは本作では影を潜め、前述のような大江の内省的な部分を正面から受け止め、当然時代性もあり緻密な打ち込みサウンドではあるものの柔らかめの質感にとどめており、アルバムとしての統一感を大事にした、羽目を外さない音づくりを心がけています。本作の雰囲気を支えているのは「きみと生きたい」「マリアじゃない」「去りゆく青春」「AVEC」といった孤独感溢れる静謐なバラードで、リリース当時は晩秋の時期ということもあってリスナーの心にグサッと突き刺さるものでしたが、これが人生のトンネルを抜け出た人物のスピリチュアルパワーというか、音楽への執念というか、そういう音楽的な「強さ」を感じさせます。サウンド面で特に目立つ部分もなく派手さがないと言えばそれまでですが、メロディの訴求力は(やや後ろ向きですが)抜きん出ており、その部分は本作のストロングポイントでもあり、本人でさえ大切な作品と言わしめる存在感の源であると言えるでしょう。
本作で持ち直した大江千里は次年のアルバム「OLYMPIC」以降完全に持ち直してさらなる成功を収めていきますが、2008年に再び米国にわたりジャズミュージシャンへと転向していくことになりますが、彼にその道を志させたのも本作前の充電期間の渡米がきっかけであったかもしれないことを考えますと、やはりミュージシャンの渡米というのはその音楽性に非常に影響力を持つものなのでしょう。。
<Favorite Songs>
・「17℃」
本作の中では最もプログラマブルな匂いのするクールな楽曲。郷ひろみ「Cool」や前作「乳房」の楽曲を彷佛とさせる冷たい空気感とキレのあるドラム、そして細かい譜割のシンセベースが実に小気味よく楽曲を支えています。
・「長距離走者の孤独」
快活なシンセブラスによる比較的ロックテイストを感じるポップチューン。とはいえ質感はどうしても寂寥感を隠せないものになっています。間奏では印象的かつギターライクなシンセソロを小室哲哉が客演しています。
・「BOY MEETS GIRL」
本作の寂寥感たるイメージを凝縮したようなミディアムチューン。サビの転調感覚が絶妙です。都会でもなく田舎でもなく、どこか地方都市のような微妙なシチュエーションをスバリ表現し切ったノスタルジーの境地とも言える青春ソングに仕上がっています。
<評点>
・サウンド ★★ (派手さはないが隙間を大事にした丁寧なサウンドメイク)
・メロディ ★★ (地味と言えばそれまでだが徐々に染み渡る高い訴求力)
・リズム ★★ (当時としては意識的に派手さを抑えたソフトな質感)
・曲構成 ★★ (バラード中心の落ち着いた寂しげな楽曲に注力)
・個性 ★★★ (彼の内省的な部分を露わにしそれが唯一無二の個性に)
総合評点: 7点
大江千里:vocal・piano

1.「きみと生きたい」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
2.「コインローファーはえらばない」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
3.「17℃」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
4.「マリアじゃない」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
5.「去りゆく青春」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
6.「長距離走者の孤独」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
7.「本降りになったら」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
8.「ゆめみるモダンクリスマス」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
9.「BOY MEETS GIRL」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
10.「AVEC」 詞・曲:大江千里 編:大村雅朗
<support musician>
渡辺美里:vocal・background vocals
松原正樹:guitar
伊藤広規:bass
高水健司:bass
青山純:drums
島村英二:drums
山木秀夫:drums
大村雅朗:keyboards
富樫春生:keyboards
西本明:keyboards
小室哲哉:synthesizer
斎藤ノブ:percussions
八木のぶお:harmonica
JOEストリングス:strings
溝口肇:cello
EPO:background vocals
中野豊:background vocals
Freddy Makio:background vocals
浦田恵司:computer programming
迫田到:computer programming
松武秀樹:computer programming
produced by 大江千里
engineered by 伊東俊郎
● どこまでも内省的!枯れてゆく心の痛みを叙情的に救い出し大人の階段を駆け上ったターニングポイント的初セルフプロデュース作
「未成年」「乳房」の2枚のアルバムによって一気にブレイクを果たした大江千里の1985年は、その充実した活動と引き換えにプロモーションやライブに多忙を極め、彼は心身共に疲弊を来すこととなり一旦充電期間としてロサンゼルスに渡ります。過去にも米国から帰国したミュージシャンが一皮むけて帰ってくるというパターンは多々ありますが、彼にとってはそれが音楽面というよりはむしろ人生観が変わることになり、帰国後制作された本作は初のセルフプロデュースによる生々しい感情と寂寥感が入り混じった何とも内省的な作品に仕上げてきました。そもそも彼の音楽性には「未成年」収録の「♮(ナチュラル)」のどこか鬱屈した闇のようなものが常につきまとっており、「乳房」に収録された天性のポップセンスが詰まった楽曲の中にも、人生の暗部を垣間見せる部分を隠していることが気になっていたのですが、本作ではその傾向を曝け出して本来の自分を精神的に開放させることで、結果的に音楽性の新境地に辿り着いたのではないでしょうか。そういう意味では彼にとっての転換期となる非常に重要な作品と言えると思われます。
本作のサウンド面の最大の特徴といえば、もちろんアレンジャーがこれまでの大江千里サウンドを全面的に支えてきた清水信之から、先進的なサウンドの導入にも貪欲であった80年代の代表的なアレンジャーであった大村雅朗に交代したことでしょう。しかし初期大沢誉志幸や吉川晃司等への過激な打ち込みサウンドは本作では影を潜め、前述のような大江の内省的な部分を正面から受け止め、当然時代性もあり緻密な打ち込みサウンドではあるものの柔らかめの質感にとどめており、アルバムとしての統一感を大事にした、羽目を外さない音づくりを心がけています。本作の雰囲気を支えているのは「きみと生きたい」「マリアじゃない」「去りゆく青春」「AVEC」といった孤独感溢れる静謐なバラードで、リリース当時は晩秋の時期ということもあってリスナーの心にグサッと突き刺さるものでしたが、これが人生のトンネルを抜け出た人物のスピリチュアルパワーというか、音楽への執念というか、そういう音楽的な「強さ」を感じさせます。サウンド面で特に目立つ部分もなく派手さがないと言えばそれまでですが、メロディの訴求力は(やや後ろ向きですが)抜きん出ており、その部分は本作のストロングポイントでもあり、本人でさえ大切な作品と言わしめる存在感の源であると言えるでしょう。
本作で持ち直した大江千里は次年のアルバム「OLYMPIC」以降完全に持ち直してさらなる成功を収めていきますが、2008年に再び米国にわたりジャズミュージシャンへと転向していくことになりますが、彼にその道を志させたのも本作前の充電期間の渡米がきっかけであったかもしれないことを考えますと、やはりミュージシャンの渡米というのはその音楽性に非常に影響力を持つものなのでしょう。。
<Favorite Songs>
・「17℃」
本作の中では最もプログラマブルな匂いのするクールな楽曲。郷ひろみ「Cool」や前作「乳房」の楽曲を彷佛とさせる冷たい空気感とキレのあるドラム、そして細かい譜割のシンセベースが実に小気味よく楽曲を支えています。
・「長距離走者の孤独」
快活なシンセブラスによる比較的ロックテイストを感じるポップチューン。とはいえ質感はどうしても寂寥感を隠せないものになっています。間奏では印象的かつギターライクなシンセソロを小室哲哉が客演しています。
・「BOY MEETS GIRL」
本作の寂寥感たるイメージを凝縮したようなミディアムチューン。サビの転調感覚が絶妙です。都会でもなく田舎でもなく、どこか地方都市のような微妙なシチュエーションをスバリ表現し切ったノスタルジーの境地とも言える青春ソングに仕上がっています。
<評点>
・サウンド ★★ (派手さはないが隙間を大事にした丁寧なサウンドメイク)
・メロディ ★★ (地味と言えばそれまでだが徐々に染み渡る高い訴求力)
・リズム ★★ (当時としては意識的に派手さを抑えたソフトな質感)
・曲構成 ★★ (バラード中心の落ち着いた寂しげな楽曲に注力)
・個性 ★★★ (彼の内省的な部分を露わにしそれが唯一無二の個性に)
総合評点: 7点
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