「回=回」 核P-MODEL
「回=回」(2018 ケイオスユニオン)
核P-MODEL

<members>
平沢進:vocals・guitars・synthesizers・computer programming
1.「回=回」 曲・編:平沢進
2.「遮眼大師」 詞・曲・編:平沢進
3.「OPUS」 詞・曲・編:平沢進
4.「TRAVELATOR」 詞・曲・編:平沢進
5.「亜呼吸ユリア」 詞・曲・編:平沢進
6.「無頭騎士の伝言」 詞・曲・編:平沢進
7.「ECHO-233」 曲・編:平沢進
8.「幽霊飛行機」 詞・曲・編:平沢進
9.「PLANET-HOME」 詞・曲・編:平沢進
10.「HUMAN-LE」 詞・曲・編:平沢進
produced by 平沢進
engineered by 鎮西正憲
● 老いを感じさせない強靭な電子音と変態ギターで多数の聴衆を魅了する現代のカリスマテクノワーカーが放つP-MODELの核遺伝子ユニット第3作
いわゆる(解凍期以降の)P-MODELのような作風を期待しているリスナーの溜飲を下げるための受け皿として期待以上に機能している平沢進のソロユニット・核P-MODEL。2004年に「ビストロン」、2013年に「гипноза Gipnoza」と2枚のアルバムを残してきた核P-MODELでしたが、荘厳かつ雄大な平沢ソロワークスでは味わえない苛烈で攻撃的な電子音が飛び交うエレクトロニクス全開な作風には、既に大ベテランの域に達し現代のカリスマとしてのポジションをほしいままにした平沢の「老い」は少しも感じさせないバイタリティに溢れていました。しかしながら平沢はソロ活動にライブにTwitterにと忙しい日々を送っており、1作目と2作目の間は実に9年が経過しており、しばらくは核P-MODELとしての作品制作はないものと思われていました。ところが前作から5年のインターバルを経た2018年に意外にも早く(?)核P-MODELとしての第3作が制作され、本作がリリースされることになるわけです。
さて、本作は前作までのいわゆる「尖った」作風よりはやや大人しめと見られる向きもありますが、それは全くのまやかしと言いますか、目眩しといいますか、平沢特有の幻惑術に惑わされているとしか思えません。21世紀以降ほぼ泰然自若とした作風であるソロワークスとも大きく異なるサウンド&アレンジメントが本作では展開されています。楽曲としてキラーチューンのような役割を果たしているのはやはり「遮眼大師」となると思われますが、本作の重要な肝はその他の楽曲における複雑怪奇なフレージングにあると言えるでしょう。意図的に細かく分散されたシーケンスで組み立てつつ、刺激的な電子音を練り込ませてくるお得意のサウンドデザインではありますが、彼のカリスマたる所以は誰も思いつかないような意外性のある音階を生み出すセレンディピティにあると思われます。一見単調に見えるテクノポップ由来のシーケンスも、彼のセンスにかかれば新しい景色を望むかのごとき「驚き」を味わうことができるのです。本作ではその彼ならではのセンスが際立っているのではないでしょうか。そして前作まではある種の軽さを感じていたリズムも比較的硬質な音色に変更されることで重厚感を増していますし、何よりも全曲で平沢が平沢であるが所以の変態ギタープレイがフィーチャーされることで、60歳を超えたこれからも彼ならではの「音」で勝負できるという気概を見せてくれているという点では、本作は近年稀に見る傑作と言えるのではないかと思います。果たして核P-MODELとしての4作目があるのかどうかは神のみぞ知るところですが、本作以上の完成度を目指すのは並大抵の作業ではないと思われるだけに、期待せずに待ちたいです。
<Favorite Songs>
・「遮眼大師」
これまでの核P路線を彷彿とさせる切迫感溢れる尖鋭的なエレクトロチューン。周回を重ねるごとに微妙にシンセフレーズを変化させている細かな芸風もさることながら、ライブ映えするシャウトや相変わらずのギターワークで聴き手を圧倒するセンスは熟練というのもおこがましい匠の業です。
・「ECHO-233」
流れるようなサウンドデザインによるミディアムバラードですが、パッド音色はスウィープが効いたスペイシーなサウンド、コクのあるギターフレーズは実にインパクトを感じさせるもの、そして途中からはトライバルなリズムが雪崩れ込む、実に味わい深いアレンジメントで、本作随一の完成度と言っても過言ではないでしょう。
・「幽霊飛行機」
独特のアタック感のないオーケストラヒットが面白い本作でも過激性を備えたエレクトロロックチューン。サビでは無限上昇音を使用したり、唸りまくるギターソロなど聴きどころは満載です。しかし全体を包み込むのはモズライトと思われるガランガランとしたギターリフで、これが全体的な荒々しさを表現することに一役買っていると思います。
<評点>
・サウンド ★★★★★ (過激な電子音と意外性抜群のギターが見事に融合)
・メロディ ★★★ (渋さはさらに増すものの独自性のあるフレーズ)
・リズム ★★★★ (メタリックでトライバルなパターンや音色で活躍)
・曲構成 ★★★★ (本作ではミディアム調の出来の良さが作品を演出)
・個性 ★★★★ (現代でもなお誰も彼の孤高の立ち位置に到達できず)
総合評点: 9点
核P-MODEL

<members>
平沢進:vocals・guitars・synthesizers・computer programming
1.「回=回」 曲・編:平沢進
2.「遮眼大師」 詞・曲・編:平沢進
3.「OPUS」 詞・曲・編:平沢進
4.「TRAVELATOR」 詞・曲・編:平沢進
5.「亜呼吸ユリア」 詞・曲・編:平沢進
6.「無頭騎士の伝言」 詞・曲・編:平沢進
7.「ECHO-233」 曲・編:平沢進
8.「幽霊飛行機」 詞・曲・編:平沢進
9.「PLANET-HOME」 詞・曲・編:平沢進
10.「HUMAN-LE」 詞・曲・編:平沢進
produced by 平沢進
engineered by 鎮西正憲
● 老いを感じさせない強靭な電子音と変態ギターで多数の聴衆を魅了する現代のカリスマテクノワーカーが放つP-MODELの核遺伝子ユニット第3作
いわゆる(解凍期以降の)P-MODELのような作風を期待しているリスナーの溜飲を下げるための受け皿として期待以上に機能している平沢進のソロユニット・核P-MODEL。2004年に「ビストロン」、2013年に「гипноза Gipnoza」と2枚のアルバムを残してきた核P-MODELでしたが、荘厳かつ雄大な平沢ソロワークスでは味わえない苛烈で攻撃的な電子音が飛び交うエレクトロニクス全開な作風には、既に大ベテランの域に達し現代のカリスマとしてのポジションをほしいままにした平沢の「老い」は少しも感じさせないバイタリティに溢れていました。しかしながら平沢はソロ活動にライブにTwitterにと忙しい日々を送っており、1作目と2作目の間は実に9年が経過しており、しばらくは核P-MODELとしての作品制作はないものと思われていました。ところが前作から5年のインターバルを経た2018年に意外にも早く(?)核P-MODELとしての第3作が制作され、本作がリリースされることになるわけです。
さて、本作は前作までのいわゆる「尖った」作風よりはやや大人しめと見られる向きもありますが、それは全くのまやかしと言いますか、目眩しといいますか、平沢特有の幻惑術に惑わされているとしか思えません。21世紀以降ほぼ泰然自若とした作風であるソロワークスとも大きく異なるサウンド&アレンジメントが本作では展開されています。楽曲としてキラーチューンのような役割を果たしているのはやはり「遮眼大師」となると思われますが、本作の重要な肝はその他の楽曲における複雑怪奇なフレージングにあると言えるでしょう。意図的に細かく分散されたシーケンスで組み立てつつ、刺激的な電子音を練り込ませてくるお得意のサウンドデザインではありますが、彼のカリスマたる所以は誰も思いつかないような意外性のある音階を生み出すセレンディピティにあると思われます。一見単調に見えるテクノポップ由来のシーケンスも、彼のセンスにかかれば新しい景色を望むかのごとき「驚き」を味わうことができるのです。本作ではその彼ならではのセンスが際立っているのではないでしょうか。そして前作まではある種の軽さを感じていたリズムも比較的硬質な音色に変更されることで重厚感を増していますし、何よりも全曲で平沢が平沢であるが所以の変態ギタープレイがフィーチャーされることで、60歳を超えたこれからも彼ならではの「音」で勝負できるという気概を見せてくれているという点では、本作は近年稀に見る傑作と言えるのではないかと思います。果たして核P-MODELとしての4作目があるのかどうかは神のみぞ知るところですが、本作以上の完成度を目指すのは並大抵の作業ではないと思われるだけに、期待せずに待ちたいです。
<Favorite Songs>
・「遮眼大師」
これまでの核P路線を彷彿とさせる切迫感溢れる尖鋭的なエレクトロチューン。周回を重ねるごとに微妙にシンセフレーズを変化させている細かな芸風もさることながら、ライブ映えするシャウトや相変わらずのギターワークで聴き手を圧倒するセンスは熟練というのもおこがましい匠の業です。
・「ECHO-233」
流れるようなサウンドデザインによるミディアムバラードですが、パッド音色はスウィープが効いたスペイシーなサウンド、コクのあるギターフレーズは実にインパクトを感じさせるもの、そして途中からはトライバルなリズムが雪崩れ込む、実に味わい深いアレンジメントで、本作随一の完成度と言っても過言ではないでしょう。
・「幽霊飛行機」
独特のアタック感のないオーケストラヒットが面白い本作でも過激性を備えたエレクトロロックチューン。サビでは無限上昇音を使用したり、唸りまくるギターソロなど聴きどころは満載です。しかし全体を包み込むのはモズライトと思われるガランガランとしたギターリフで、これが全体的な荒々しさを表現することに一役買っていると思います。
<評点>
・サウンド ★★★★★ (過激な電子音と意外性抜群のギターが見事に融合)
・メロディ ★★★ (渋さはさらに増すものの独自性のあるフレーズ)
・リズム ★★★★ (メタリックでトライバルなパターンや音色で活躍)
・曲構成 ★★★★ (本作ではミディアム調の出来の良さが作品を演出)
・個性 ★★★★ (現代でもなお誰も彼の孤高の立ち位置に到達できず)
総合評点: 9点
「トキサカシマ」 山口美央子
「トキサカシマ」(2018 PINEWAVES)
山口美央子:vocals

1.「精霊の森」 詞・曲・編:山口美央子
2.「トキサカシマ」 詞・曲・編:山口美央子
3.「恋はからげし夏の宵/Ton-Ten-Syan」 詞・曲・編:山口美央子
4.「異国蝶々」 詞・曲・編:山口美央子
5.「エルフの輪」 詞・曲・編:山口美央子
6.「妖の花」 詞・曲・編:山口美央子
7.「幸せの粒」 詞・曲・編:山口美央子
8.「精霊の森 Prologue」 詞・曲・編:山口美央子
<support musician>
友田真吾:drums
松武秀樹:synthesizer programming
produced by 山口美央子・LOGIC SYSTEM
engineered by 入江純
● まさかの35年ぶりの復活!過去のリメイクならぬ続編ながら壮大なコンセプチュアルに仕上げたオリエンタルシンセポップの円熟作
1980年にアルバム「夢飛行」でデビューを果たした山口美央子は、81年の「Nirvana」、83年の「月姫」と3枚のオリジナルアルバムをリリース、シンセサイザーを積極的に取り入れた斬新なサウンドと、和洋折衷の美しいメロディラインを独特の声質で歌い上げるスタイルが話題を呼び、「シンセの歌姫」と称されるほどでしたが、基本的には70年代由来のニューミュージック文脈から現れたシンガーソングライターの1人であり、そこにYMOの大ブレイクにより一躍脚光を浴びていたシンセプログラマーの松武秀樹の参加が見事にハマったことから、先鋭的なサウンド感覚を身につけていったと言うべきでしょう。土屋昌巳プロデュースの名盤「月姫」のリリース後、85年のベストアルバム「ANJU」を最後にアーティスト活動を停止すると、その後作曲家に転身し、高井麻巳子「テンダー・レイン」、つみきみほ「森へ帰ろう」、渡辺満里奈「もう夢からさめないで」、CoCo「EQUALロマンス」、Qlair「眩しくて」といったアイドルソングの名曲も数多く生み出すなど、そのメロディメイカーとしての才能は常に評価されてきたにもかかわらず、長年表舞台に登場することはありませんでした。しかし2017年にもはや再発されないのではと悲観されていた、前述の3枚のアルバムが松武秀樹の尽力によって奇跡の再発を果たすと、流れが変わってまいりました。発売記念トークショーに山口自身が姿を現すと、その勢いを駆る形でまさかのアーティスト活動を再開、実に35年ぶりとなる新作アルバムがリリースされたというわけです。
この山口美央子のアーティスト活動再始動には、かつての盟友松武秀樹の貢献度が非常に大きく、当然のことながら本作にもシンセサイザープログラマーとして彼女の片腕として活躍しています。ということは当然のことながら本作も貴重となるのは「シンセポップ」なサウンドが期待されるところですが、35年のブランクにもかかわらず想像以上にコンセプチュアルな作品で攻めてきたという印象です。驚くべきことに、アルバムリリースを連発していた80年代前半のイメージをそのままコールドスリープさせて、楽曲スタイル・メロディ構築・歌唱法、全てが期待を裏切らずにあの時代の山口美央子を甦らせています。山口本人は3rdアルバム「月姫」の続編的作品を意識したということですが、ここまでのブランクを空けたとなると、過去の焼き直しやリメイクを意識しても良さそうなのに、アーティストイメージは損なわずにサウンド面はバージョンアップさせながら、アルバム用に物語を作り上げ彼女ならではのコンセプト作品に仕上げてくるとは予想もし得なかったことで、それだけでも本作の価値の高さが窺えます。1曲目の「精霊の森」からイントロやBメロのシンセサウンドのクオリティでグッと引き込まれますが、秀逸なのはタイトルチューン「トキサカシマ」のイントロで炸裂するファンタジックな幻想的なコーラスボイスです。あの音だけでも聴き手を圧倒することは間違いないでしょう。「恋はからげし夏の宵」や「異国蝶々」では得意とするところの和風エレクトロを大胆にも披露、ここまであからさまに日本情緒を表面化させるサウンドメイクもなかなか見当たらないと思いますし、ミニマル「幸せの粒」の見事な素粒子的エレクトロポップシーケンスも含めて、生音を使いたい部分をあえてシンセサイザーで構築する松武秀樹のプログラミングは久しぶりに本領発揮と言えるのではないでしょうか。しかしこうしたエレクトリックサウンドを生かすも殺すも山口美央子本人の確固たる世界観の構築と、それを表現しきったアレンジメントも含めた楽曲制作あってのこと。アーティストの個性を殺さず、サウンド面のバックアップが絶妙にマッチした理想的な復帰作品ではないかと思います。当然のことながら今後の継続的な活動を期待して止みません。
<Favorite Songs>
・「トキサカシマ」
荘厳で深遠なるタイトルチューン。イントロから分厚い音の壁によるコーラスボイスは恐怖そのもの。メロディラインは「月姫」由来の彼女らしい良い意味で鬱屈したものですが、1周目後の間奏の音響が素晴らしくその神秘的な物語に引き込まれていきます。水滴でリズムをとるアイデアも面白く、サウンド面の仕掛けを堪能できます。
・「妖の花」
スピリチュアルなサウンドにニューミュージックを通過したからこそ生み出せる美しいメロディがハマったバラードソング。Bメロの左右をパンするアルペジオ(&ストリングス)がファンタジックです。くぐもったソナー音も80'sマナーが感じられて興味深いポイントです。
・「幸せの粒」
美しいコードワークに駆け寄ってくるシンセベースのシーケンスが期待感を煽るスピリチュアルシンセポップ。妖しさを感じるマイナー調のメロディが多い本作にあって、幸福や希望を感じさせる控えめな美メロが何とも面映ゆいです。吸い込まれるシンセパッドやアルペジエーター大博覧会のシーケンスフレーズも全てが大団円にふさわしい名曲です。
<評点>
・サウンド ★★★★ (鬼気迫るほどのシンセによる音色作りの熟練技が光る)
・メロディ ★★★★ (聴き手を一気に引き込むメロディの力は健在)
・リズム ★★ (軽めの処理ながらシンセで作った多彩な音色で構築)
・曲構成 ★★ (このコンセプトであれば贅沢にも大作を期待したい)
・個性 ★★★★ (35年のブランクをものともしないアーティスト性)
総合評点: 8点
山口美央子:vocals

1.「精霊の森」 詞・曲・編:山口美央子
2.「トキサカシマ」 詞・曲・編:山口美央子
3.「恋はからげし夏の宵/Ton-Ten-Syan」 詞・曲・編:山口美央子
4.「異国蝶々」 詞・曲・編:山口美央子
5.「エルフの輪」 詞・曲・編:山口美央子
6.「妖の花」 詞・曲・編:山口美央子
7.「幸せの粒」 詞・曲・編:山口美央子
8.「精霊の森 Prologue」 詞・曲・編:山口美央子
<support musician>
友田真吾:drums
松武秀樹:synthesizer programming
produced by 山口美央子・LOGIC SYSTEM
engineered by 入江純
● まさかの35年ぶりの復活!過去のリメイクならぬ続編ながら壮大なコンセプチュアルに仕上げたオリエンタルシンセポップの円熟作
1980年にアルバム「夢飛行」でデビューを果たした山口美央子は、81年の「Nirvana」、83年の「月姫」と3枚のオリジナルアルバムをリリース、シンセサイザーを積極的に取り入れた斬新なサウンドと、和洋折衷の美しいメロディラインを独特の声質で歌い上げるスタイルが話題を呼び、「シンセの歌姫」と称されるほどでしたが、基本的には70年代由来のニューミュージック文脈から現れたシンガーソングライターの1人であり、そこにYMOの大ブレイクにより一躍脚光を浴びていたシンセプログラマーの松武秀樹の参加が見事にハマったことから、先鋭的なサウンド感覚を身につけていったと言うべきでしょう。土屋昌巳プロデュースの名盤「月姫」のリリース後、85年のベストアルバム「ANJU」を最後にアーティスト活動を停止すると、その後作曲家に転身し、高井麻巳子「テンダー・レイン」、つみきみほ「森へ帰ろう」、渡辺満里奈「もう夢からさめないで」、CoCo「EQUALロマンス」、Qlair「眩しくて」といったアイドルソングの名曲も数多く生み出すなど、そのメロディメイカーとしての才能は常に評価されてきたにもかかわらず、長年表舞台に登場することはありませんでした。しかし2017年にもはや再発されないのではと悲観されていた、前述の3枚のアルバムが松武秀樹の尽力によって奇跡の再発を果たすと、流れが変わってまいりました。発売記念トークショーに山口自身が姿を現すと、その勢いを駆る形でまさかのアーティスト活動を再開、実に35年ぶりとなる新作アルバムがリリースされたというわけです。
この山口美央子のアーティスト活動再始動には、かつての盟友松武秀樹の貢献度が非常に大きく、当然のことながら本作にもシンセサイザープログラマーとして彼女の片腕として活躍しています。ということは当然のことながら本作も貴重となるのは「シンセポップ」なサウンドが期待されるところですが、35年のブランクにもかかわらず想像以上にコンセプチュアルな作品で攻めてきたという印象です。驚くべきことに、アルバムリリースを連発していた80年代前半のイメージをそのままコールドスリープさせて、楽曲スタイル・メロディ構築・歌唱法、全てが期待を裏切らずにあの時代の山口美央子を甦らせています。山口本人は3rdアルバム「月姫」の続編的作品を意識したということですが、ここまでのブランクを空けたとなると、過去の焼き直しやリメイクを意識しても良さそうなのに、アーティストイメージは損なわずにサウンド面はバージョンアップさせながら、アルバム用に物語を作り上げ彼女ならではのコンセプト作品に仕上げてくるとは予想もし得なかったことで、それだけでも本作の価値の高さが窺えます。1曲目の「精霊の森」からイントロやBメロのシンセサウンドのクオリティでグッと引き込まれますが、秀逸なのはタイトルチューン「トキサカシマ」のイントロで炸裂するファンタジックな幻想的なコーラスボイスです。あの音だけでも聴き手を圧倒することは間違いないでしょう。「恋はからげし夏の宵」や「異国蝶々」では得意とするところの和風エレクトロを大胆にも披露、ここまであからさまに日本情緒を表面化させるサウンドメイクもなかなか見当たらないと思いますし、ミニマル「幸せの粒」の見事な素粒子的エレクトロポップシーケンスも含めて、生音を使いたい部分をあえてシンセサイザーで構築する松武秀樹のプログラミングは久しぶりに本領発揮と言えるのではないでしょうか。しかしこうしたエレクトリックサウンドを生かすも殺すも山口美央子本人の確固たる世界観の構築と、それを表現しきったアレンジメントも含めた楽曲制作あってのこと。アーティストの個性を殺さず、サウンド面のバックアップが絶妙にマッチした理想的な復帰作品ではないかと思います。当然のことながら今後の継続的な活動を期待して止みません。
<Favorite Songs>
・「トキサカシマ」
荘厳で深遠なるタイトルチューン。イントロから分厚い音の壁によるコーラスボイスは恐怖そのもの。メロディラインは「月姫」由来の彼女らしい良い意味で鬱屈したものですが、1周目後の間奏の音響が素晴らしくその神秘的な物語に引き込まれていきます。水滴でリズムをとるアイデアも面白く、サウンド面の仕掛けを堪能できます。
・「妖の花」
スピリチュアルなサウンドにニューミュージックを通過したからこそ生み出せる美しいメロディがハマったバラードソング。Bメロの左右をパンするアルペジオ(&ストリングス)がファンタジックです。くぐもったソナー音も80'sマナーが感じられて興味深いポイントです。
・「幸せの粒」
美しいコードワークに駆け寄ってくるシンセベースのシーケンスが期待感を煽るスピリチュアルシンセポップ。妖しさを感じるマイナー調のメロディが多い本作にあって、幸福や希望を感じさせる控えめな美メロが何とも面映ゆいです。吸い込まれるシンセパッドやアルペジエーター大博覧会のシーケンスフレーズも全てが大団円にふさわしい名曲です。
<評点>
・サウンド ★★★★ (鬼気迫るほどのシンセによる音色作りの熟練技が光る)
・メロディ ★★★★ (聴き手を一気に引き込むメロディの力は健在)
・リズム ★★ (軽めの処理ながらシンセで作った多彩な音色で構築)
・曲構成 ★★ (このコンセプトであれば贅沢にも大作を期待したい)
・個性 ★★★★ (35年のブランクをものともしないアーティスト性)
総合評点: 8点
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